オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

源ちゃんは「うっしし!」と笑う。

今から40年程前だと思う。
新橋から銀座、有楽町へ向かってぶらぶら歩いていると、向こうの方から見覚えのあるアフロヘア、クィーンのギタリスト、ブライアン・メイ??というのは冗談(笑)で、、 源ちゃんこと、佐藤蛾次郎さんが歩いてきた。
黄色いサングラス、似合う似合わないは別として、意外と粋な着こなしをしているな...というのが印象だった。
私は銀座周辺で2~3度源ちゃんを見かけている。いつも黄色いサングラスをかけていたような気がする。


映画「男はつらいよ」での名脇役、源ちゃんを演じる佐藤蛾次郎さん。
私はこのシリーズの数多い登場人物の中でも、源ちゃんと、題経寺の御前様(笠智衆)のコンビが最高に可笑しい。
寅さんと源ちゃんのコンビも可笑しいのだが、それは予定調和、ある程度予想できる面白さなのだ。対して、御前様とのコンビは観ている者の意表を突く、想定外で微妙でシュールな空気がそこに流れる。

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夕刻になると、豆腐屋のラッパや金魚売り?の声に紛れて、ゴーーン!と、帝釈天の物悲しい鐘の音が、とらやの茶の間に流れてくる。しかし、あの鐘をついているのが源ちゃんだと思うと、ちょっぴり笑える。

こんな場面がありました。

鐘つきに遅れた源ちゃん。
怒った御前様は「ここに入りなさい!」と言うと、なんと源ちゃんを鐘の中に閉じ込め、外からゴーーン!と、思いっ切り突くのです。あれは大笑いしましたね。

御前様は源ちゃんがどんなにヘマをしようと、心の中で “情けないなぁ~” と思っていても、決して見放すことはせず、いつも暖かい心で見守っていました。そんな御前様の心を知ってか知らずか、源ちゃんは一通りの説教を受けると、プンプン怒りながら立ち去る御前様に向かって「うっしし!」と笑う。その姿は、まるで『チキチキマシン猛レース』に登場するケンケンのようです(笑)。

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寅さんシリーズ中でも、名作の一つと言われる「寅次郎恋歌」をご存知だろうか? 内容的にはシリーズ中屈指の名作だと思う。おばちゃん役、三崎千恵子さんも一番好きな作品だと語っていました。
しかし、どこか物足りない、気の抜けたビールのようなのだ...。
その理由はすぐに分かりました。
シリーズ48作中、唯一、源ちゃんが出演してない作品だからなのです。
なんという存在感。
寅さん映画に源ちゃんは絶対欠かせない。源ちゃんのいない葛飾柴又はあまりにも寒々しく不自然なのだ。


源ちゃんほど謎の人物はいない。
彼はどこからやってきたのだろうか?
寅さんとの関係は?
どういう経緯で柴又にやってきたのだろうか?
言葉遣いから関西方面から流れてきたのだと思うが? 御前様が連れてきた、あるいは、寅さんが「こいつを頼むよ!」と、置いていったという説もある。どれも時系列から矛盾する部分もあるんですよねー。

「母親はおれを生んでから、おれを置いて男と家を出て行ってしまった」

寅さんにそう語る場面がありました。その後はどう育ったのだろうか?
時代背景から戦災孤児なのかな?
まぁ、源ちゃんの魅力は、あの訳の分からなさ謎の部分であり、その過去を詮索するのは野暮ってもんですね。


《源ちゃんの存在意義は?》

源ちゃんはレレレのおじさんである。

源ちゃんは落語における与太郎である。


粗野で無神経な寅さんであろうが、ちょっとオツムが足りない?源ちゃんであろうが、柴又帝釈天界隈の人たちは、彼らを決して差別しないし疎外することもない。
おいちゃんではないが「バカだねぇ〜」と言いつつ、彼らをあたたかく見守っている。
そんな愛情あふれる懐の深さを「男はつらいよ」シリーズには感じる。
源ちゃんは、そんな寅さん映画の象徴なのだ。



ところで。
源ちゃんは寅さんの弟分である。
そんな源ちゃん自身にも、弟分がいたそうだ。ジーパン刑事こと松田優作である。
昔、私が銀座方面で源ちゃんを何度か見かけたころ、ちょうどその頃、佐藤蛾次郎さんと、故松田優作さんはよく連れ立って遊んでいたのだそうだ。
松田優作は源ちゃんを尊敬していた。

寅さんを兄貴分に持ち、ジーパン刑事を弟分に持った蛾次郎さんはすごいのだ。
源ちゃんは、ケンケンのように「うっしし!」と、笑う。