オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

大宮の夜は更ける。星降る街角

https://okeraman.hatenablog.com/entry/2020/12/19/011546

前回の「大宮の夜は更ける。カニクリームコロッケの誘惑」からの続き。



青江三奈牧伸二のバカっぱなしはまだまだ続いている。


ご馳走になったオムレツの味はまぁまぁだった。さっき食べたカニクリームコロッケも旨かったなァ...。
そんなことより、この居心地の悪さ。私は帰りたいのだが、オムレツ奢られちゃ、すぐ帰るわけにもいかない。

青江三奈は、そんな私の様子(表情)を窺うように、時折チラッチラッと、視線を向けてくる。私が楽しんでいるのか? 居心地が悪いのではないか?と、心配なのかもしれない。見た目はケバく派手なママだが好い人なのは間違いなさそうだ。

「お兄さん、このママ美人でしょ? 大宮の五月みどりだからね。」

「え? あはは!」

私は心の中で「うっ...」となった。
《違うだろ! 青江三奈でしょ? そして、あんたは牧伸二

牧伸二の冗談?に、あはは!と笑った私の反応を見て、青江三奈は安心したのか? とんでもないことを言い出す。

「カラオケでもしましょうか?!」

「あ、いいね、いいね♪」

おい おい おい!
カラオケ始まっちゃうのかよ?
勘弁しておくれよぉ~
おれは帰るんだもんね。絶対帰る!

面倒くさいことになったぞ、、と、困惑している私をよそに、牧伸二は喜々として歌詞本を捲っている。

時間を確認すると10時近くになっているようだ。


ちゃん ちゃちゃちゃ♪

聞き覚えのあるイントロが流れてきた。
厨房にいたおやじが、いつの間にか出てきて「ウォンチュー!」と、掛け声をかける。

( ワン ツー)
星の降る夜は あなたとふたりで
 踊ろうよ流れるボサノバ
   ふれあう指先ああ 恋の夜 ...♪

ん... ムード歌謡だな。
星降る街角?
敏いとうとハッピー & ブルーかよっ!
垢抜けねぇなぁ~ おい!
お願いですから勘弁しておくんなさい。自分はカニクリームコロッケに誘われただけなんです。

牧伸二の熱唱にリズムをとっている青江三奈と厨房おやじ。
茫然自失で心ここにあらず状態の私に視線を送ってくる青江三奈

もの凄い同調圧力

私は歌詞本を捲ったら負けだと強く思いながら、星降る街角のリズムに適当に合わせた。

何が悲しくて、見知らぬおやじの歌に合わせて、手拍子だの「ウォンチュー!」だのと掛け声かけなきゃならないのだ。 カッチョわりぃ~~
この牧伸二は突っかけサンダルなんだぞ。しかも、黒ジャージに首に手拭いだ。ここは狭いカウンターだけの店で無理ではあるが、ステップ踏みそうな勢い。恥ずかしいだろがっっ!

興に乗った牧伸二は、その後2~3曲歌うのだが、青江三奈は何を思ったか?奥の方から物騒なものを取り出してきた。

タンバリンにマラカス。。。

青江三奈はマラカスを私に渡すとニッコリ微笑んだ。

かっこ悪い...。
突っかけサンダルおやじの歌に合わせて、タンバリンとマラカスでリズムをとっている青江三奈と私。
こんな姿を家族友人知人に見られたら大変だ。恥ずかしくて、舌噛んで死ぬか、置き手紙を残して失踪するしか方法がないじゃないか(笑)。

ええい! もうどうにでもなれ!

不本意ながら、その後、私は青江三奈とデュエットで「男と女のラブゲーム」を歌う羽目になる。


そうこうして、時間は過ぎてゆく。

青江三奈牧伸二も、ちょっとありがた迷惑ではあるが、気の好い人達なのだろう。
恥ずかしい思いもしたが、ほっこりした気分にもなった。


背後のドア鐘がカランコロンと鳴った。2~3人連れのお客さんが入ってきたようだ。

時計は11時をとっくに過ぎている。
「それじゃあ、お勘定お願いします」
そのタイミングで、私はやっと帰ることが出来るのだった。

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「今日はありがとうございます。これに懲りず、また、来て下さいね」

青江三奈は情が深い人なのかもしれない。かなり、私に気遣っていたことは分かっていた。

「いいえ! 楽しかったです。御馳走さまでした」

奥の方から、牧伸二が「お兄さん、またね!」と、声をかけてくれた。

青江三奈は戸の外まで見送ってくれる。「じゃあ!」と言って、私は参道を大宮駅の方に向かって、てくてくてくてくと歩いていった。
しばらくして振り返ると、青江三奈はまだこちらを見送っていた。そして、手を振ってくれた。
少々照れくさくもあるが、その心遣いが嬉しくもあった。

ケバい女の人は情が深いのだ。

ありがとう、青江三奈
そして、突っかけサンダルの牧伸二さんも。


夜空には星が。
“ 星降る街角か?” と、私は呟いた。
今日は良い日だったな...。

大宮の夜は更ける。



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以上は、30年以上も前、実際に体験したことを、多少?の脚本を加えて記述しました。
その後、あの店には再訪したことはありませんが(現在は閉店)、独り酒場放浪は、このような思わぬ出会いがあるから楽しいですね。