オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

メドゥーサのような女

美しい女がいる。
その切れ長の目で見つめられると石のように動けなくなる。
ゴーゴン(ゴルゴン)三姉妹の末妹じゃあるまいし、その視覚光線は石化ビームになり絶対に目を合わせてはならない。


「お前はメドゥーサかよ!?」

私は女の視線を避けながら問う。

「イヒヒヒヒ!」

女の笑い声は、雪女の吐息にも似て、全身が凍て付くように不気味だ。
視線を向けちゃだめだ...。

そんな夢を見たことがあった。

目が覚めると、あの女は誰だったのだろうか?と、しばし考え込む。
私は夢の中の登場人物は、全てモデルになる人物がいると思っている。
メドゥーサは誰なのか?


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遠い昔。
こんなことがあった。

土曜日の午後、どういうわけか?私は日暮里の安酒場にいた。
昭和風U字カウンターだけの「いづみや」という店で、まだ20代半ばだった私は、そこで東スポの競馬欄を広げ競馬中継を観ていた。
(あの店、現在でもあるのかな?)

そこに着物姿の小粋なおねえさんが入ってきた。あとから美化したのかもしれないが、島田陽子に似ていたような気がする。

芸者かな? 水商売なのは確かだろう。
でも、こんな日暮里の安酒場に、きれいな着物が汚れてしまうよ、、と、ちょっぴり心配になる。
安酒場にその姿はあまりにも不釣り合いで異様なものを感じたのだ。

店はけっこう空いていたのに、その女は一つ席を開けた私の横に腰掛けた。微かに白粉と石鹸が混じったような匂いがする。
年の頃なら30代半ばか?私より結構年上なのは分かる。

緊張した。

当時、キャバクラ風の店やスナック等で多少は遊んではいたが、こういう芸者風の着物姿の女には慣れていない。

なんで、おれは意識しているんだ?

女は背筋がピシッとしており姿勢が良い。切れ長の目はキリッとしてオーラが凄い。そして、何より美しい(と感じた)のだ。緊張して落ち着かない。居心地の悪さを感じてしまう。

女はお銚子一合に刺身の盛り合わせか何かを頼んでいたような気がする。
どうせ、私のことだから、もつ煮込みかイカゲソあたりを肴に、チューハイを飲んでいたに違いない。
東スポを広げ、競馬、次のレースをチェックしている自分が恥ずかしい。

緊張でタバコの本数が増える(当時はヘビースモーカー)。チェンジ・スモーカー状態になっている。

「おにいさん、よくタバコを吸うのね?」

女はそう言うとニヤッと笑った。

まともに目が合ってしまった。

「す、すいません...」

私は完全に狼狽えアタフタするのだ。
そんなことを言われちゃ、もう、タバコを吸いづらいじゃないか!
でも、本当にきれいな女だな。

女も小物入れからタバコを取り出すと、「失礼!」と言いながらそれに火をつけた。

また、目が合ってしまった。

プラターズ「(タバコの)煙が目に染みる」などという曲が頭に浮かぶ。
「タバコは動くアクセサリー」という印象的なCMが流れていた時代?
私のようなウマ好き安酒男と違い、女はタバコを吸う姿がサマになる。

「おにいさん、競馬当たりますか?」

「はぁ...」

女は時折話しかけてくる。
私は曖昧な返事しかできない。
前の席の冴えない初老男がキョトンとした表情でこちらを見ている。

ヘビに睨まれたカエルだな。

それにしても、この女。
意味ありげな微笑を浮かべ、度々話しかけてくるなんて。

“オレを誘惑しているのだろうか?”

お金は持ってないぞ、、、。
なんて、バカバカしくも都合のいいことを考えてしまう。


女はゆったりと席を立つと、お勘定を済ませた。

「それじゃ、おにいさん。またね!」


時間としては40~50分だったと思うが、ホッとしたと同時に、あの夢のような時間を、正体不明の美女ともう少しゆっくり過ごしたい気分でもあった。

もう、35年以上も遠い昔のことだが、あの女は何者だったのだろうか?
あの時、私は完全に石化していた。

女は異界からの使者。

メドゥーサだったに違いない。

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女の視線はうすら怖い。
不思議なんですよね、女は幼い少女であっても、かなりの老女であっても視線を投げかけてくる。それも、まともに向けてくる。

あの視線は苦手なのです。

稀に、男を石化させるような目をした美女も確実にいる。

メドゥーサのように。