オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

幻馬伝「幻の最強馬列伝② イシノヒカル」

アカネテンリュウが引退した1972年。

その年の菊花賞は強烈な印象がある。
下馬評は関西三強、とくに貴公子タイテエムが勝つだろうと思われていた。

返し馬で尻っぱねしながら大暴れしている馬がいる。発走直前に落鉄しやがった! 蹄鉄を打ち直す事態になった。
こいつは絶対、野獣ブルート・バーナードだな(当時、T・J・シンは未来日)と思いましたね。
淀の3000という長丁場、あんなにかかっちゃって大丈夫か? おい!
鞍上もこいつは制御出来ないんじゃないか? 走る前に疲れちまうよ。


レースでは、予想通りタイテエムが抜け出してきた。
そこへ後方から狂ったようにすっ飛んで来る馬がいる。
あの馬だ!あの暴れ馬がきやがった!
リボー系ラテンの血、マロットを父に持つあの馬だ。

田舎者イシノヒカルが、貴公子タイテエムに襲いかかった瞬間です。

後にも先にも、あんな豪脚観た記憶ないですね。あれが一番です。
勿論、まだ競馬初心者中学生の時に観た印象なので、あのインパクトが過剰に膨れ上がり、残像となって心象風景のようになったものではあります。
後世にはもっと凄い豪脚を観ていると思いますが、あれはヒカルイマイにも感じることがなかった、私のファースト・インパクトでした。

続いて有馬記念に挑む。

あの、メイズイ、スピードシンボリアカネテンリュウといった名馬でさえ超えることの出来なかった古馬の壁。
そこにはメジロアサマ、ムサシの両メジロ天皇賞ベルワイド、実力者カツタイコウ等がいる。
あの菊花賞の豪脚は誰の目にも強烈だったのでしょうね? イシノヒカルはファン投票一位、当日も古馬を抑えて一番人気でした。
しかし、3才馬にはきついレース。どこまでやれるか?と予想する専門家も多かったと思います。

舞台を中山に変えた年末のドリームレースで、イシノヒカルは王者メジロアサマ(マックイーンの祖父)に襲いかかった。またあの豪脚だ。

幻の最強馬列伝に名を挙げたい馬で、私が最初に思い浮かんだのはこの馬なのです。あの、菊花賞有馬記念での走りは圧巻でした。
それまで、3才で有馬記念を制したのはスターロッチだけ。スターロッチはフロック気味で大波乱と言われていたのに対し、イシノヒカルは異次元の走りで人気に応えたもの。
もう一つこの馬を評価したいのは、当時、史上最強世代と言われた、あの花の47組での最強馬だったと...。そう私は勝手に思っていたのです。
長くなるので触れませんが、あの世代はとんでもなくハイレベルでした(興味ある方は検索してみて下さい)。

もし、イシノヒカル有馬記念後故障なければ、タイテエム天皇賞を勝てず無冠の貴公子のまま終わり、タニノチカラも彼の末脚に怯えたでしょう。
(どちらも同世代、花の47年組)

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私はイシノヒカルを思い出すと、同時に、元ボクシング世界王者大場政夫を思い出してしまうのです。
あの有馬記念から年をまたいで二週間後に、大場政夫の最期の試合がありました。あの大逆転劇は忘れられない。
それから間もなくの交通事故...。

時代背景だけでない。

貧しかった生い立ちから「両親のために家を建てたい」と、世界チャンプにまで上りつめた大場政夫。

当時、日高、浦河、静内に比べると、馬産地としては地味で垢抜けないイメージだった門別は荒木牧場で生まれたイシノヒカル。偉大なるリボーの直子とはいえ不詳の息子だったマロットを父に持ち、三流四流の牝馬だったキヨツバメを母に持つ。

私の印象では、大場政夫もイシノヒカルも、都会的なスマートさに欠け、不器用だが何をしでかすか分からない田舎の純朴な青年なのだ。

1972年末~1973初頭にかけての同じ時代。大場政夫とイシノヒカルは、我々ファンに圧倒的な残像を残したまま、その活躍の舞台から消えたのです。
これから全盛期を迎えようとしていたのに、、まさに幻的存在。
(イシノヒカルは故障後、一度だけ復帰しましたが、あれは抜け殻)

私にとってイシノヒカルとは、アカネテンリュウ去ったあとの、競馬界のマイヒーローでありました。

ちなみに、あの菊花賞有馬記念で跨った増沢末夫は「自分が乗った中では一番強かった」と語っています。
ハイセイコーを差し置いてですよ。

イシノヒカルの最期は、腸捻転だったかな? そうとう苦しんだらしく、安楽死処分となったそうです。
その時、イシノヒカルは本当に寂しそうな目で何かを訴えていた。と、何かの本で読んだことが忘れられません。

イシノヒカルという幻の最強馬は、もっと語られるべきですね。

あいつは強かった。

画像は沢木耕太郎の『敗れざる者たち』ですが、その中に「イシノヒカル、おまえは走った!」という短編がありますので競馬ファンにオススメ。

次回の幻の最強馬列伝はマルゼンスキーになるのかな?