オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

幻馬伝『一徹 vs 段平』前編

これは時系列等から矛盾点、突っ込みどころ満載となりますが、あくまで漫画キャラを使ったお遊び故ご容赦を。

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星一徹(年齢不詳)は娘の明子には内緒で昼過ぎに浅草に降り立った。

 

時は1973年5月27日(日)

“今日はダービー めでたいな♫”

一徹は心の中で『走れコウタロー』を歌いながら千円札をニ枚握りしめ、馬券発売窓口に並んだ。
往時はマークシートではなく、口下手な一徹は窓口でちゃんと言えるか不安だ。タケホープタケホープ、と、ブツブツ呟きながら並んでいた。

一徹はこの地味で冴えないながら、どこか苦労人を思わせるこの馬が好きなのだ。タケホープ単勝、彼にしては大金である二千円一点勝負だ!

(どいつもこいつも、ハイセイコーハイセイコーってうるさい!あんなの買ってもいくらにもなりゃせん。府中には魔物が潜んでおる。わしの目に狂いはない。勝つのはタケホープ...)

「旦那! タケホープタケホープって独り言言ってるけど、銭を溝に捨てるようなもんだぜ。へへへ、、」

振り返ると、眼帯をした隻眼と思われる海坊主のような男が真後ろに並んでいる。一徹は (無礼な奴だ!関わらない方がいい”)と思いシカトする。

「噂では岡部のスピードリッチ、柴田のホワイトフォンテン、吉永のチェッカーフラッグが調子良いって聞いてんだ。勝つのはそのどれかだろうな。タケホープは絶対ないね!」

こんな自信満々に言われちゃ、わしの信念が揺らいでしまうではないか!

タケホープは絶対ないのか?」

「ないね!」

一徹は不覚にも隻眼海坊主と喋ってしまったことを悔いた。そこで窓口は自分の順番になった。

「あの、スピードリッチとホワイトフォンテン七百円ずつ、チェッカーフラッグを六百円だ...」

一徹は後ろに並んでいる隻眼海坊主のアドバイス通り買ったと思われるのは癪なので、後ろには聞こえないよう小さな声で窓口おばちゃんに言った。

星一徹はその場を去った。


隻眼海坊主こと、丹下段平(年齢不詳)の順番が回ってきた。
何を買うのか決めていない。

(さっきの無愛想なゲジゲジ眉毛のオヤジはタケホープって言ってたな。まさか、わしが適当に言ったことを真に受けてないだろうな? 今日はあのオヤジの独り言に乗ってみるか...)

「へへへ!タケホープ三百円ね」

段平は酒を呑んじまったので、ポケットの中には三百円しかない。
外れたら電車賃もなく南千住まで歩く覚悟なのだ。

 


二人の欠点は酒癖の悪さとギャンブル狂のところなのだろう。
でなかったら、あれだけの体力がありながら一徹は町屋の長屋暮らし、段平は山谷暮らしの貧しい理由がない。

 

世は大変なハイセイコーブーム。

誰もがこの地方出身の怪物が勝つことを信じて疑わない。しかし、一徹も段平もへそ曲がりなのでそんな当たり前の馬券は絶対買わない。


ハイセイコー先頭か? 内からイチフジイサミ、外からタケホープだ! 」

ハイセイコー敗れる!

日本競馬史上これほどファンを凍らせたシーンはない。

シンボリルドルフギャロップダイナに、メジロマックイーンダイユウサクに、ミホノブルボンライスシャワーに、ディープインパクトハーツクライに敗れた時も、このハイセイコーが敗れたシーンの比ではない。

しかし、そんな全国ハイセイコーファン以上にショックを受け顔面真っ青になった男がいた。

星一徹である。

「ううう、、あ、あの海坊主めぇ~!タケホープは絶対来んとぬかしやがったな? ゆるさん!」

タケホープ単勝は51倍。

「うみぼうず~~! わしはタケホープ単勝二千円一点勝負しようと決めていた。十万超えていたはずなのに...」

一徹は競馬帰りに軽く呑むのが至高の楽しみなのだ。でも、帰りの電車賃のことを考えるとワンカップ1本さえ買えない。あいつのせいだ!

(タケホープを買ってさえいれば、寿司でも食って、神谷バーにだって寄れたのに、、あの海坊主めが!)

一徹はワンカップ買って歩いて町屋まで帰ろうか、酒はあきらめ電車で帰ろうか考えブツブツ言いながら浅草ホッピー通りをしかめっ面で歩いている。


すると、ある店の中から聞き覚えのある声がしてきた。
チラッと横目で見ると、海坊主が大声で騒いでいる。凄く愉快そうだ。

 

丹下段平は、無愛想オヤジの独り言に乗ってタケホープ単勝三百円を買うと大当たり。
三百円が一万五千円になったのだからこんな気分の良いことはない。

マグロのお刺身に牛筋の煮込みを肴に好きな日本酒を呑んで出来上がっていた。これは、ジョーや西には内緒。

良い気分で呑んでいると、見覚えのある顔が暖簾を潜り凄い顔でこちらに向かってやってくる。

この無愛想なゲジゲジ眉毛の男。

段平と一徹の視線が交錯した。


(続く)