オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想・オケラ街道の少女(12)あっしには関わりのないことでござんす。


少年は吸い込まれるようにカウンター席のおれの横に腰掛けた。
こんな子どもが、汚い競馬オヤジばかり集まる酒場に一人、、、補導されても知らねえぞ!とも思ったが、「あっしに何か用でもあるんで?」と聞いてみた。
この時、既にこの少年が50年前のおれ自身であることに気付いていた。
少年は「おじさん、お酒飲みすぎ、もっと良いもの食べないと…」と、あの頃のおれのくせに生意気なことをのたまふ。

チグサにも同じことを何度も言われたが、彼女は表情豊かで妙に説得力があった。それに較べこの少年はあまりにも口下手だ。おれは苦笑いを浮かべるしかない。

「おじさん、こんな聖夜に独り飲んでるなんて孤独なんですね?」

こいつ! あの頃のおれのくせに、50年後のおれに向かって何てこと口走るんだ!一番痛いところを突いてきやがった。少年の澄んだ瞳でそう言われると現在のおれの生活を見透かされているようでムッとした。

「余計なお世話でござんすよ…」

少々きつい口調で言うと、少年は叱られたと思ったのか? 下にうつむき黙り込んでしまった。少年よ、お前はそういう気弱なところがあるんだよ。お前は自分のことだけ考え他人には無関心だったはずだ。軽はずみなことは口に出さない方がいい。おれは悄気返っている少年がちょっぴり可哀想になってきた。

「お前さん、腹は減ってないかい?」
「・・・・」

目の前の少年は50年前のおれなのだからその好みはよく知っている。

「すいません! コーラと、、鶏の唐揚げと焼売をこの少年にやってくれ。それから、ホッピーの中(焼酎)、おかわりもね」

少年は旨そうに鶏唐揚を食べながら言う。

「おじさん、競馬新聞見てたけど、有馬記念ハイセイコー負けちゃったね。まさかストロングエイトが勝つなんて、、」

流石はあの頃のおれだ。生意気にも競馬を語ってやがる。お前、まだ15才のコゾーだろ? 確かに50年前の有馬記念ストロングエイトが勝ったのだ。おれは競馬新聞をカバンの中に隠し入れた。何故だかこの少年に未来のことは絶対知られてはまずいという気がした。

「ケツの青いガキが、賭博(競馬)なんぞに興味を持たねぇこった! それより、来年は高校受験を控えてんじゃござんせんか? こんな処で焼売なんて食べてる場合じゃないんで…」

少年はプライベートなことを聞かれると押し黙ってしまう。

おれは少年と取り留めのない話をした。
性別、姿形、性格、、全く違うチグサに対しても “あの頃のおれだ!” と感じたのものだが、それは一種の比喩として感じたものであって、この少年はおれそのもの自身だ。
勿論、分かっちゃいる。チグサも、この目の前にいる少年もおれの妄想が生んだ幻視だということを。それでも、この妄想ともう少し遊んでみようと思った。

 

おれは一番気になることを聞いてみた。

那須野千草という、お前さんと同じくらいの年頃の少女を知らねぇか?」

「少女? ナスノチグサって、今年のオークス馬だよね?まだ4才だよ。ボクは15才…」

「知らねぇならいいんで…」

この少年はチグサが変幻したものであって中身は同じ存在のような気がしたのだが…。

「ならば少年! 〇〇静香という、お前さんと幼馴染の女の子は知ってるな?」

「・・・・」

少年の顔色は明らかに変わった。

 

おれはこの少年の歩んできた15年もこれから歩むであろう50年も全て知っている。何を考えているのかも手に取るように分かる。目の前にいるのは50年前のおれなのだから当然だ。

余計なお節介でござんしたか?」

顔色を変え押し黙ってしまった少年をからかってやりたい衝動に駆られたが、おれはそんな野暮な男ではない。静香ちゃんの名前を出されれば少年は正常ではいられない。なぜなら、この頃の少年(おれ)は静香ちゃんに恋していたからだ。その気持ちは誰にも打ち明けず心の奥にそっと仕舞い込んでいた。おれはそういう引っ込み思案な少年だったのだ。それが、こんな胡散臭いオヤジ(50年後少年)の口からその名前を出されれば動揺するに決まっている。

 

かわいそうに、、少年よ。
この4年後失恋するのだぞ。お前にはこれから起こることかもしれないが、もう過ぎてしまったこと。運命は変えられない。

「少年! 答えたくなければ黙ってる方がお前さんらしくていい。でも、恋は美しいもんでござんすよ。それに儚いもんで…」

おれは柄にもないことを少年に言い聞かせようとしている。

少年はおれを訝しそうな目で「恋?」と小さな声で呟いた。


「そうさ、、お前さん、静香とかいう少女に恋してるんじゃござんせんか?」


少年はきっと、“何故このオヤジはそんなこと知ってるんだろう?” と、不審に思っていることだろう。あの頃のおれは、そんな時、言葉に詰まるとそれをごまかそうと理由の分からないことを口走ってしまうクセがあった。


「こ、恋なんて、、 あっしには関わりのないことでござんす」

 

 

???
この少年は何を言っているのだ…。
阿呆なのか?
当時、人気時代劇 木枯し紋次郎のこのセリフは流行語にもなったが、ジョークのつもりなのか!? 唐突にも程がある。
ほら見ろ! 自分の言ったジョークに顔を赤らめているではないか? 聞いているこっちだって恥ずかしくなる。

ジョークというものは、、躊躇いながら言うものではない。なのに、お前は真顔ではないか。相手の顔色なんて気にするな!自信を持て! 否、お前はあの頃のおれなのだから仕方ないか、、そんな少年だった。

 

目立たぬように

はしゃがぬように♫

似合わぬことは無理をせず ...

 

河島英五『時代おくれ』の一節が頭の隅から流れてきた。

目の前の少年が生きている時代(1973)から13年後?に発売された大好きな曲だ。

 

「少年! これから色々あると思いやすが、まだまだケツの青いコゾーだ、もっともっと背伸びして似合わぬことをやれるのも今のうちですぜ。お前さんは消極的すぎる…」

 

もう過ぎてしまったことで手遅れだが、過去の自分に言い聞かせた。少年はそれを神妙なふりをして聞いていた。おれの話なんか聞いちゃいない。今、こいつの頭の中は、静香ちゃんの名前を出されて混乱しているだけ。こいつはおれ自身なのだから分かっている。

こんなガラの悪い酒場で、無愛想な少年相手にいつまでも飲んでいるのも異様なので、ホッピーの中身が空になると少年と共に店を出た。

 

今日の有馬記念

オケラ街道でチグサに会えると思って来た。しかし、チグサではなくあの頃のおれに会った。

これは偶然ではないような気がする。おれもチグサも少年も存在は同じなのかもしれない。

 

「少年、お前さんの名や棲家等の私事は聞かねえが、余計なお節介かしれないが、もし、帰る処なければあっしんとこ寄ってくかい?」

 

「先を急ぎやすんで、失礼いたしやす…」

 

駅の改札口で少年と別れた。

 

チグサと初めてオケラ街道で会った日。

おれはこんな少女を放っておくことが心配で、拾って連れて帰った。

快活で世渡りが上手そうなチグサに較べて、この少年は更に頼りなく不器用で大丈夫かな?とも思ったが心配はないだろう。あの頃のおれは人一倍フットワークが軽く内面の強さも持っていた。おれ自身なのだから全然心配ない。

チグサも少年も実際には存在しない。

 

部屋に戻ると、再び中学時代の卒業アルバムを捲った。思いは1974 〜 1977へ。

 

わが青春のテンポイント

 

つづく。