オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想・オケラ街道の少女(8)遠い日の静香ちゃん。

 

西船橋から電車に乗り車窓から外を眺めていると、通りにチグサがぼうっと突っ立ちこちらに手を振っている。

チグサ! 否、あれはチグサではない。
あの頃のおれだ…。

そんな思いにとらわれた。
「わたしはあの頃のおじさんだよ…」
別れ際、チグサはそう言った。なぜか心にグサリと来るものがあった。それはおれも感じていたことだからだ。勿論、性別も年齢も全く違うおれとチグサが同じであるはずがない。チグサにあの頃の自分を重ねていた。チグサはおれの比喩? 否、おれがチグサの比喩なのかもしれない。

チグサの姿は車窓から後ろへ後へと遠ざかる。チグサも言っていたように、もう二度と逢うことはないだろう。
“心の中に潜むチグサと訣別しよう“ と、気持ちの整理がついたからだ。オケラ街道の少女は現実には存在しない。すべてはおれの妄想だったのだ。

部屋に戻ると久しぶりに中学時代の卒業アルバムを取り出しあの頃に思いを馳せめくった。アルバムの中のおれは無表情でニコリともしていない。そんな15才のおれと、チグサの残像を重ね合わせた。
(全然似てないじゃないか!姿形は勿論のこと、快活で表情豊かだったチグサと、いつも構え気味で口数の少なかったこの少年とでは似ても似つかない)
それなのに、なぜ似ていると感じたのだろうか?  否 似ているというより、何か懐かしさみたいなものを感じていた。
いかん! チグサのことは忘れよう。

そろそろアルバムを閉じようとしたその時だった。母校の校門が目に映った。閃光のような記憶が蘇る。

土曜の昼過ぎ。
あの日、おれは午前中の授業を終えると下校のため校門に向かっていた。夏の大会を終えた三年生は、午後の部活動(陸上)もなく受験勉強に専念する秋。
校門を出ようとした時だった。目の前に背の高い女の子が歩いている。そのスタイルの良さに惹かれたおれは、追い越し際チラっと後ろを振り向いた。
ドキッ! 何処かで見た?否、記憶のある顔だ。同じ中学に通っているのだから見知った顔なのは当然かもしれないが、何処か遠いところから呼びかけられているような感覚がする。懐かしさが襲う。

あの切れ長の涼しそうな目、、はっきり憶えている。
“ 静香ちゃん、どうしてこの中学にいるんだ? ○○○の方へ引っ越したんじゃなかったのか?“
7〜8年の時を経て、信じられないくらい背が伸びていても面影は残っている。
(自分の思い違いかもしれない)と、半信半疑ながらも、その後、何度か校内で見かけるとその女の子が静香ちゃんであると確信した。おれは常に彼女の姿を追い求め校内を彷徨っていたように思う。

静香ちゃんはおれのことを覚えているのだろうか?  残念ながら卒業するまで声を掛ける勇気はなかった。
当たり前だ! 昭和40年代、キューポラのある街にある垢抜けない中学校、あの時代の中学生男子が校内で女子に声をかければあっという間に噂が広がる。ましてや、シャイで無口な少年だったおれにそんな真似が出来るわけがない。
しかし、その数年後、静香ちゃんと再会するとはその時は思いもしない。

我に返った。
アルバムを閉じると、おれは焼酎のソーダ割りを作りキュウリを肴に飲んだ。明日の馬券検討に集中しよう。
先週日曜開催のことを思い出していた。チグサの言う通り馬券を買うと大万馬券が的中した。もし、チグサが妄想の存在ならばそれをどう説明すればいいというのだろうか? そんなことを考えながら微睡むのであった。

月日が経ち、チグサのことは忘れかけていた。2023年11/26、テレビの中では第43回ジャパンカップのファンファーレが鳴り響いている。各馬ゲート入りで緊張の瞬間である。おれは三冠牝馬リバティアイランドの単勝一万円一点勝負。
“強いものは強い!” 
王者イクイノックスの圧勝。リバティアイランドは2着。
そのあまりもの強さにあきれ、自分の馬券のことなんて忘れ慄えるしかない。

なぜだろう?
このリビングで競馬中継を観ているとチグサの気配を感じる。

「おじさんこのレース荒れるよ。この馬とこの馬で絶対決まるから買って!」
チグサはそう呟いた。

そして、それは現実のものとなった。
250倍という信じられない超万馬券であった。あれから数ヶ月が経ち忘れたつもりでいても、チグサの声が表情が競馬中継を通して蘇る。彼女の残像が矢のように襲ってきては落ち着かない気分にさせる。
おれはこのままチグサを忘れられないのだろうか? 妄想に取り憑かれたのか?

ん? 待てよ! あの時も同じだった…

競馬中継を観る度に思い出す少女。
1977年12/18 おれは失恋した。
遠い日の少女 静香ちゃん。
静香ちゃんとチグサの顔が重なった。

チグサ! お前はあの頃の静香ちゃんなのか? チグサは静香ちゃんの比喩なのか?

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静香ちゃんとのエピソードは、以前このブログの中でも書いていおります。
ジャイアンと静香ちゃん」
https://okeraman.hatenablog.com/entry/2022/06/05/043903
チグサは妄想作り話ですが、静香ちゃんとのエピソードは全て事実になります。
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つづく。