オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想・オケラ街道の少女(7)あの頃のおれ?

 


おれは思いっ切り転倒した。
この数年急激な体力の衰えを自覚していながら自分の歳も省みずこんなに飲んで走ってしまったから当然だ。

そんなことより、、チグサ!チグサ!

立ち上がった。
挫いたのか? 思うように歩けない。
足を引きずりながらも前に進んだ。

「おじさーん!大丈夫?」

何処にいたのだ!?  チグサが凄い勢いで走ってやってきた。そして、足を引きずり歩いているおれの体を支えようとする。

「チグサ! お前、、何処におった?」

「おじさん、足大丈夫?どこかケガしなかった? あんなに飲み過ぎないようにねって言ったのに。お酒臭いよ…」

「なんじゃと! 小娘が小生意気な口をきくでない。オケラ街道で若い娘の死体が発見されたと、、わしはてっきり…」

「うん、、心配してくれて嬉しい。でも、わたしはここにいるから大丈夫だよ」

柄にもなく涙が込上げそうになる。
それにしても神出鬼没な少女だ。これがおれの幻覚や妄想でないならどう説明すればいいというのだ? この世のものとは思えない。言いたいことは山ほどあるが、チグサの華奢な身体を見ると胸が締め付けられ言葉を失った。

「チグサ、親子丼が食べたいと言っておったな?腹ペコではないのか?」

「うん、もう大丈夫…」

「うむ! 何故、急に消えたのじゃ?わしは必死に捜したのだぞ…」

チグサはそれには答えず、ジッとおれの様子を心配そうに見ている。

「どう? その足で帰れる?」

時計を見ると9時近くになっていた。

「大丈夫、時間も遅いようだな。今夜は帰る処あるのか? なければ、わしの棲家まで着いてくればよい。帰りに弁当でも買おう。明日は日曜じゃからな…」

「うん、また遊びに行きたいけど、、遠慮しておきます。これ以上、わたしと関わらない方がいいと思うよ…」

一瞬、月明かりに照らされたチグサの姿が影法師のように薄く頼りなく映った。

「何故、チグサと関わらない方がよいと思うのじゃ?  何か気を悪くするような無礼なことをわしは言ったかな?…」

「おじさんだって、わたしと関わらない方がいいと思ってるでしょ? その時代がかった喋り方は無意識にわたしとの距離感を測ってるからでしょ? 」

「むむむ! お前は年の割に随分と大人じゃの? 小娘はそんなこと考えんでよい」

チグサは黙ったまま。
「駅まで送ってあげる」
そう促され、ふたりで駅に向かった。
どうしても聞いておきたいことがあった。
このまま別れたのでは疑念が残る。

「じゃ、おじさん。わたしは此処で、、もう会うことはないと思うけど、あまりお酒飲まないで。身体を大切に元気でね…」

「チグサ! こんなこと聞いて良いのかどうか分からんが、那須野千草という少女は存在するのか? お前は何処から来て何処へ向かっておるのじゃ?  一体、お前は何者なのだ? わしの幻覚なのだな?」

「わたしはあの頃のおじさんだよ…」

「あの頃のわし?」

チグサはにっこり微笑むと手を振った。
そのまま踵を返すと人混みに消えた。
釈然としないものが残ったが、チグサはオケラ街道の少女、おれは奇人なのだ。似た者同士、、それでいい。

足を引きずりながらホームのベンチで電車待ち。懐からスマホを取り出すと、チグサと電話番号、メルアド交換しておけばよかったと後悔、、が、今どきの女の子には珍しくスマホを持っていなかったのを思い出した。服もまるで少年のようだった。
何気にスマホ検索していると “オケラ” という文字が目に入る。
「昆虫のオケラは飛ぶこと、泳ぐこと、地に潜ることも出来るが、格別の能もないといふところから出たもの」
チグサは「此処(オケラ街道)には、おじさんみたいな人が大勢いる」と言っていたのを思い出し苦笑い。確かにおれは無能なのだ。しかも、オケラのように特技は何もない。競馬場帰りにオケラ街道をトコトコ歩くおれのような男は大勢いる。

おれのような孤独な単身者に懐いてくれ、
頼ってくれたことが嬉しかった。
そんなチグサにおれはどんどん感情移入していった。自分の娘?否、孫と言ってもいい年頃の少女に、これ以上関わってしまうことを恐れていたのは間違いない。
「(おじさんは)無意識のうちに、わたしとの距離感を測っている…」
言葉の壁? 一線を越えることは赦されなかった。おれが「わし」なんて一人称?
人間関係において、絶対に越えてはならない壁は存在するのだ。

電車がやって来たので、スマホから目を離すと慌てて飛び乗った。
これでいい! チグサはおれの妄想、幻覚だったのだ。もう忘れることにしよう。
吊り革に掴まると外の景色を眺めた。時間は9時半になろうとしていた。

電車から外の景色を見下ろすと、通りに一人の少女がぽつねんと突っ立っている。
少女は電車に向かって手を振っている。

チグサだった。

違う! あれはあの頃のおれだ!

 

つづく