オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

こんな夢を見た『明晰夢』

場所はよくわからない。

当たり前だ、そこは夢の中の風景で架空の場所なのだから。でも、雰囲気からいって新橋SL広場から怪しい駅ビル地下街に入ったような気がする。あるいはニュー新橋ビルかもしれない。

カウンターだけの貧乏くさい酒場にみうらじゅんがいた。
彼は酒も肴も頼まず、店の人とお喋りをしているだけ。しかも、仏像の話をしているのにテーブルの上にはバルタン星人とゴモラの模型が置いてある。

「瓶ビールと、ネギマ、レバー、つくね下さい。獅子唐もね...」

おれは注文した。
すると、みうらじゅんが「おお! ○○じゃないか? 久しぶりだな..」と言って、おれの隣の席に移動してきた。

なんだ、こいつ! おれはアンタのこと知ってはいるが、アンタはおれのこと知らないだろ?呼び捨てにしやがって馴れ馴れしいな。
みうらじゅんは色々話しかけてくるのだが、何を言ってるのか? さっぱり分からない。適当に相槌を打つ。

バルタン星人の模型が動いた。

「うわ! こ、これ動いたぞ。生きてんのか? いや、電動模型なのか?」

「バカ言うなよ。動くはずないだろ。
どうやって動いたんだ?」

変人扱いされそうなのでおれは黙る。
それより、みうらじゅんとおれは同じ歳だとは思うが、初対面なのにタメ口かよっっ! それに、なんでおれの名前を知っているんだ?
飛び込みで入った店だし、このカウンター内にいるママさんとだって初対面なんだぞ。エスパーかい?

今度はゴモラの模型が歩いた。

「う、うわー! ゴモラが歩いた...」

みうらじゅんは困ったような顔になると、ママさんに向かって 首を横に振っっている。どうやらおれは、妄想病?パラノイア? そう思われたようだ。

カウンターに置いてある大皿からいきなり人の手が伸びてきた。

「ひぃぃ~!妖怪がいるぅ~」

おれは仰け反りながら叫んだ。

ママさん、みうらじゅん、その他一人の客が、おれを指をさしながらゲラゲラ笑っている。

「なんで笑ってるんですか!今、見たでしょ? お皿から人間の腕が出てきたんですよ。帰ります! お勘定...」

ママがおれの伝票を持ってレジに向かいながらスッと消えた。

「あわわわ!あああ、、」

恐ろしくて必死に声を出そうとするのだが、金縛りにあったように身体は動かず声も出せない。
早くここから逃げないと何をされるか分かったもんじゃない。
(異界からの攻撃はどうされるんだ?神隠しに遭ったように消されるのか?)

ふと、これは夢ではないか?

そう思ったおれは、魔法使いサリーちゃんの歌を試しにうたってみた。

マハリクマハリタ
 ヤンバラヤンヤンヤン♪
魔法の国から やって来た♪
 ちょっとチャームな 女の子♪
サリー サリー♪

バルタン星人とゴモラの模型が動いている。飛び跳ねている。
みうらじゅんが急に喋らなくなり、日本酒を飲み始めていた。

これは明晰夢だ。

明晰夢だから飛べるんだ。
店を飛び出すとおれは空を飛んだ。夢の中では何でも出来る、バルタン星人やゴモラ魔法使いサリーちゃんよりおれは強いのだ。全能の神なのだ!

夢を見ながら、今、夢を見ていることを自覚する意識。そこに外部(現実)からの雑音が入ってくる。
もっと夢の中を旅したかったのだが、
そこで目が覚めてしまう。

正邪相闘わば、邪、必ず勝つ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは16日(土)に見た夢です。
明け方だったかな?

明晰夢を見た人は多いと思いますが、自分の思うようにそれをコントロールするのは難しいですよね?

私は臨死体験って明晰夢なのではないか?と、思っているのですが...。


その日。
私は朝飯も食べず軽いウォーキングに出掛け、暑い?中を数十分歩いてきました。昼過ぎに部屋に戻りサンドイッチを一個食べた直後。

立ちくらみ。

頭はふらふら気持ちも悪い。
例えるならば、風呂に浸かり過ぎてのぼせるような(貧血)。
これは救急車か?なんて思いました。

この歳になると何があるか分からないですからね。
極端な節制?暑い中空腹での運動?

何だったんでしょうね。

とにかく、水分補給は大切です。

球児の夏。

参院選の今朝。

駅前のVELOCEでアイスコーヒーを飲んでから、駅ビル内を書店を中心にあれやこれや巡っていた。
すると、日焼けした坊主頭の明らかに高校球児と思われる少年が駅改札口の方へ向かっている。

私は高校球児を見ると、どうしてもあの頃が甦ってくる。
自分もかつての高校球児であり、あの三年間はこれまでの人生の中で最も濃密な時間を過ごしていたと思う。

全国各地で夏の甲子園を目指し地方予選が始まった。

私の高校野球公式戦デビューは、先発メンバーではなかったけど、高ニの夏でした。全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)東東京予選一回戦で、途中代打での出場でした。
結果はセカンドゴロかショートゴロだった?と思うのだが、とにかく一塁まで全力で走ったのだけは覚えている。

練習試合と違って何の余裕もなかったですね。バッティングで一番大切なのは選球眼なのだが、ストレートだかカーブだか、、そのコースさえ見分けることも出来ず、ただ来た球に向かって闇雲にバットを振るだけ。

その試合は確か7回コールド勝ちしたと思うが、2回戦では後に甲子園常連校になるT京高校に5回コールド負けを喫した。スコアは 1ー 15でした。

元気だったですね。

あの頃の自分は...。

明後日、私は64才になるそうだ(笑)。
あの高ニの夏は17才だから、あれから実に47年にもなってしまうのか?
つい、この間まで高校球児だったのに
還暦を過ぎ古希に向かって一直線。

節制でだいぶ血糖値は下がったが、糖尿病にもなった。
あんな誰よりも元気で健康だった自分が初老と言われる歳を過ぎ、食べたい物も我慢して、常に健康を意識する食生活。面倒くさい?否、慣れた。

思い返してみると、あの高校球児だった頃から糖尿病に向かっていたのかもしれない。炭酸飲料が大好きだった。
特に暑い夏は汗をかき、大量に炭酸飲料を毎日飲んだ。
高校球児なんて、みんなそうなのだ。


“ スカッとさわやかコカ・コーラ♪”

生きるべきか死ぬべきか 答えは一つしかないさ あれかこれかしかない人生、ドクターペッパ~♪”

私の脳内ではいつもそんなCMが流れていた。炭酸飲料はスナック菓子と相性が良い。私はポテトチップスとお菓子のカールが大好きになった。
カールおじさんに憧れるほどに(笑)。

その系譜として、その帰結として後年の 生ビール&餃子、唐揚げ、焼き鳥なのである。
だから、私は糖尿病になった。

まぁ、糖尿病は遺伝が6割?です。

暑さのせいか?
最近ブログの更新も滞りがちです。

今回も高校球児からの連想であらぬ方向へ、、意味不明でしたね。

さて、参院選の結果が気になる。

炎天下!おれと並んで歩くな。

炎天下のジリジリと照り付ける太陽から身を守るため、おれは日陰で自動販売機で買ったオロナミンCドリンクをゴクゴク飲んでいた。
大村昆のホーロー看板とにらめっこしていると『番頭はんと丁稚どん』『頓馬天狗』の記憶が甦る。

「こんにちは~!♪」

「え? あ、ああ、こんちは...」

見たこともない爽やか青年が、最高に明るい笑顔で挨拶してきた。

面倒くせーな! 向こうへ行けよセーネン。おのれは誰やねん?
おれは心の中でインチキ関西弁を交えながら、この爽やか青年の出現に、警戒信号をウルトラマンのカラータイマーのようにピコピコと点滅させた。

経験上、いきなり知らない人に話しかける奴はろくでもない。
大抵はキャッチセールス? 自己啓発セミナー? 宗教? こいつらは、街娼やポン引きよりたちが悪いのだ。

案の上、爽やかセーネンは意味不明のことを言ってきた。
日本がどーだの、健康がどーだの、海外はあーだのこーだの...。

なんで、見ず知らず初対面のアンタと日本の将来について話さなきゃならんのだ? ほんと、面倒くせーな。

「悪いけど、、それ宗教なのかな? だったら無駄だよ。おれ、そーいうの大嫌いだから...」

やや強い口調、セーネンは諦めて向こうへ行くと思ったのだが、彼は嬉々として言い返してきた。

「いえいえ、宗教じゃありません。もう一度説明しますよ!あーだこーだ」

しまった!と思った。
どこの怪しい団体か、ブラック企業だか知らないが、こいつら洗脳された薄らヴァカだから、何を言ってきても反論しちゃダメだ。相手にするな!
無視!黙殺!シカトが一番なのだ。

おれはこの日陰にしばらくいたかったのだが、そのセーネンから逃れるようにギラギラ太陽の中歩き出した。

ギラギラ太陽が ♪
  燃えるように♪
    はげしく火を吹いて♪

あまりにも暑いので、おれは安西マリアの『涙の太陽』を脳内で口ずさんでいた。それにしても暑い...。

背後に人の気配がする。
あの爽やかセーネンである。

“ おれの背後を歩くんじゃねぇ!”

デューク東郷の台詞だったかな?
そんな心境だったのだが、内心、その爽やかセーネンのしつこさに、動揺していた。心を掻き乱された。

「暑いですね。どうですか? そこらの喫茶店で涼んでいきませんか?」

背後を歩いていたセーネンは、おれと並んで歩きやがった。
茶店? かわいい娘とだったら考えないでもないが、おのれのような五月蠅いヤングボーイとはゴメンさ。。。

ふと、昔のことを思い出した。
あれは高校卒業したばかりで、世間知らずの19才だったと記憶する。

川口駅前できれいな女子大生風のお姉さんに声をかけられたことがある。
彼女は俗世に染まっていないシャイなおれを言葉巧みに喫茶店に誘った。
それは、赤子の手を捻るほど簡単だったかもしれない。
そして、危うく高額の英会話教材を買わされそうになったのだ。

爽やかセーネンは、いくら無視しても諦めずおれに話しかけながら並んで歩いてくる。
小走りに逃げるのは負けたようで抵抗があり、かと言って怒鳴るのはみっともない。面倒くせえな。

そのままおれは交番に向かい、お巡りさんに言った。
「ストーカーされてるんですが...」

セーネンは自分が悪いことをしているなんて露ほども思っていず、正しいことだと思っているのだろう。
お巡りさんに爽やかに自分がストーカーではないことを主張していた。
おれはその隙に帰った。

何の選挙か忘れましたが、街のあちこちに選挙ポスターが貼ってあった暑い夏の日でしたね。
20年以上前のことでした。


昨日、今日と暑くて、参院選前ということもあり、思い出したのです。

ジャイアンと静香ちゃん

昨日の夕方。
テレビを点けるとたまたま『ドラえもん』がやっていたのでついつい最後まで観てしまった。

私が注目したのはガキ大将ジャイアンとマドンナ静香ちゃん。その連想で小学生時代の同級生と近所のガールフレンドのことを思い出したのです。

その出来事は小学校入学前。
近所の原っぱで静香ちゃん(仮名・笑)と遊んでいると、玉川良一(知ってる人いるかな?)をガキにしたような顔のデカいやつがやってきました。私は自分より何才か上だと思いましたね。身体が大きいし態度もデカい。
まさにジャイアンだったのです。

「おまえら誰だ! 邪魔だから向こうへ行ってろよ。帰れ!」

そう言ったかどうかは忘れたが、とにかく威圧的で恐ろしい顔。
それが殴り掛からんばかりに詰め寄ってきた。私なんて小柄で臆病で弱っちょろかったですからね。
おっかなくて、ダッシュで逃げた(幼少期の私の自慢は逃げ足)のです。

走りながらふと思った。
(ああ~! 静香ちゃんを忘れちった...)

あれは季節はいつだったのかな?
私は虫取り網、静香ちゃんは虫籠を持っていた記憶があるので春~夏かな?
私の中の心象風景は原っぱで蝶々やバッタを追っていた春です。

静香ちゃんを置いて、自分だけ逃げてきてしまった・・・。
静香ちゃんは私より一つ下で、母親同士仲が良い関係でお互いの家をよく行き来していました。

(今頃、静香ちゃんはジャイアンに泣かされているかも、このまま帰ったらお母ちゃんに、、静香ちゃんちのおばちゃんに怒られちゃうな...)

そんなことを考えながら、恐る恐る原っぱに戻っていったのです。
(ジャイアンにつかまったらどうなっちゃうんだろう? )
原っぱに戻ると電信柱の陰からそっと中を窺いました。

そこには、静香ちゃんもジャイアンもいませんでした。無人です。

静香ちゃんは何処へ行ったのだろう?
ジャイアンに何処か連れて行かれたのかもしれない。どうしよう、、、。

昭和30年代。
まだ舗装されていない道を、トボトボ家に向かいました。
静香ちゃんに何事もなければいいけど心配だ。それに自分だけ逃げてきてしまったことをどう言い訳しよう。
私は中々家に入れなかったですね。

家の中を覗いて見ると、母と静香ちゃんのお母さんと、それに、ちゃっかり静香ちゃんもいました。
おまけに、ワタナベの粉末ジュースまで飲んでいたのです。

たった、それだけの遠い日の思い出ですが、それは強烈な記憶として、幼少期・心象風景の象徴として心に残っているのです。

ジャイアンとは小学校が同じになり、入学早々同じクラスになりました。典型的なガキ大将タイプでしたが、どこか憎めないやつでしたね。
本家ジャイアンと同じ?で、彼は勉強は全然出来ませんでしたね(笑)。
私とは結構仲が良かったですよ。

静香ちゃんは、私が2年生、彼女が1年生の時に引っ越しました。
彼女とは10年以上の時を経て再会することになります。
このことについては、色々ありすぎてかなり長くなるので、いつかその気になったなら書くかもしれません。

やっぱり、ドラえもんとか、ど根性ガエルの世界観はいいですね。

あれは昭和40年代の風景です。

幻馬伝「幻の最強馬列伝③」マルゼンスキー

このブログを書くに当たって、マルゼンスキーの動画をあらためて観ましたが、やはり圧倒的にスゴい。

オールドファンにとって幻の最強馬といえば、カブラヤオーテスコガビー、そしてマルゼンスキーが真っ先に思い浮かぶと思うが、前記2頭はダービー、オークスで真の実力を見せつけたのに対し、マルゼンスキーは実力の片鱗をチラッと見せただけでターフを去った。それでもあの強さ。

そういう意味ではマルゼンスキーこそ幻の史上最強馬? 最も幻想を抱かせる馬なのかもしれませんね。

マルゼンスキーってマイラーじゃないの?という声が一部にありました。

でも、父ニジンスキー 母シル、その血統背景からそんなことはないですね。
自身の産駒にもサクラチヨノオーレオダーバンホリスキーがおり、母の父、つまりブルードメアサイアーとしても、スペシャルウィークライスシャワーメジロブライト等を出しています。全距離適正のエイリアン?

前回、前々回の「幻の最強馬」で、タニノムーティエイシノヒカルについて書きましたが、この両馬にしても菊花賞まで走っている。平成のサイレンススズカにしてもその実力の全貌は見せつけたと思うのだ。
しかし、マルゼンスキーは本当に分からない。どこまで強かったのか?

資料が少なすぎる。

本当に強い馬とは?
規格外のスピード、その絶対値の違いからスタートと同時に先頭に立ち、そのまま後続に何もさせず逃げ切る。

マルゼンスキーは強い馬と走っていない? 否々、特A級ではないがヒシスピードは強かったし、後の菊花賞プレストウコウも子供扱いしています。

どうしても、あの1977有馬記念に出走していたら?そんな幻のドリームマッチのことを幻想してしまいますよね?
それについては「どちらも傷付かず実現しなくて良かった」と、以前書いているのでここでは深く触れません。

私はTTのプレッシャーに耐えられず、マルゼンスキーは負ける!と思っている(TTの方が好きだから...)のですが、マルゼンスキー推しの人の中には、あの毎日王冠サイレンススズカエルコンドルパサー以下を完封したようなレースになる。という人も少なくはありません。

後年にシービーvsルドルフ、テイオーvsマックイーン、アーモンドアイvsコントレイルvsデアリングタクト等々、いくつかのドリームマッチが実現しましたが、1977有馬でTTGvsマルゼンスキーが実現していたら?

これぞ、幻のドリームマッチ!

おかしな例えになりますが。

それこそ、アリvsタイソン、千代の富士vs白鵬アンドレvsヒクソン、カレリンvsヒョードルゴジラvsウルトラマン月光仮面vs仮面ライダーになってしまいます(笑)。

ところで、あの頃、この馬の馬名を聞く(読む)と、あるCMが頭を過ぎりました。小川ローザの「オーモーレツ!」
丸善石油とは関係ないですけどね。
覚えている人いるでしょ(笑)。

マルゼンスキー以降の幻の最強馬?
サイレンススズカフジキセキアグネスタキオンあたりになるのかな?
サイレンススズカのことは書いたので、いずれ? フジキセキタキオンのことも書くかもしれない。
本当はもっと無名の馬の方が、幻の~に相応しいですけどね。

しかし、、マルゼンスキーのことを検索すると ウマ娘 ばかり出てきて興ざめしてくる。ほんと...(以下略

N氏とオケラ街道を歩いた思い出。

「一度競馬場に連れてけよ...」と、当時勤めていた会社の同僚に度々言われていたので、あれは1988桜花賞でしたかね? 連れて行ったことがあった。

同僚といっても、N氏は私より2年先輩でしたが、気が合い、仕事帰りによく居酒屋に寄っては終電近くまで飲むこともしばしば。飲み助仲間。

「ところで、最近どうだい。儲かってんの?...」

そう言うと、彼は競馬騎手が手綱を引くアクションをする。

「いやぁ~、、ぼちぼちでんな...」

Nさんは私が競馬バカで、その話をすると、普段は口数の少ない私が饒舌になるのを知っている。
競馬に興味のない彼にとっては、競馬好きイコール馬券至上主義だと思い込んでいるふしがある。
勿論、馬券的中が競馬における至上の快感ではあるが、それだけならもっと効率の良いものが他にあるだろう。
寺山修司の言葉を借りるならば『私は競馬が好きなのである』

「競馬場に一度連れてけよ!」

それが、競馬好きの私に対する社交辞令だとは感じたが、Nさんは、基本とても善い人なのでご一緒しました。

中山競馬場に着いたのは昼前でした。

結果は散々でしたね。
勝ったのはアラホウトク。2着はシヨノロマンだったのですが、桜花賞を含め数レース買うも、1万円近く消えたと記憶します。
Nさんも5千円近くパーにしたと思います。最終レースが終わると中央門を出る。西船橋駅へ向かう無料バスがあるのですが行列が出来ている。

てくてく、、てくてく、てく、、

何の成果もなく、Nさんとふたりオケラ街道を西船橋に向かって歩く。
うなだれているのはNさんだけ。
毎週のように馬券を買っている私にとって、これは当たり前の光景です。

「やっぱり難しいな...。 儲からないのになぜ賭けるんだ?」

そうストレートに言わなかったとは思いますが、そんなようなニュアンスのことをNさんは呟いていましたね。
競馬を儲かる儲からないという経済的観点からばかり語られるとしらけるのは、競馬ファンならお分りでしょう?
西船橋に着いて、知っている焼き鳥屋に入ってからも、そんな馬券のことばかり拘るので興ざめでした。
本当はレースそのものを回顧したい。

(Nさんに悪かったな...)
そんなことを考えていました。

Nさんとは、プロ野球や彼が好きだった大学ラグビー等をよく一緒に観に行きましたが、見終わったあとの酒場では、試合でのプレーを回顧しながら熱く語り合うのが楽しかったのです。
競馬も同じだと思うんですけどね。

やはり、競馬に興味のない人は誘うべきではない。基本、競馬場は一人で行くところだと思います。
立ち見でしたからね、人混みの中をパドックとかあちこち嬉々として移動する私と違って、Nさんは疲れの様子?

「馬券だけ買ったら、どこか、酒場へ移動しないか?」

落ち着かないし集中できないし、そう言われることを一番恐れていました。
Nさんは気遣いのある人でしたから、そんなことは言いませんでしたが、これに懲りて競馬場には絶対一人で。

今回は、Nさんのことを思い出したので。。。 どうしているだろうな?


そういえばコロナ禍々以降、全然競馬場に行ってないなぁ。
3年ぐらい行ってなく、競馬場だけでなく浅草等の場外馬券売り場に行くことも激減しました。
こんなことは過去になかった。
習慣ですからね、、一度行かなくなると、逆に行くのが億劫になるかも?
爺になったので電車での移動も大変。

まぁ、ネット馬券でグリーンチャンネル観戦も楽しい。


ゴールデン・ウィークも過ぎてしまいました。心がブルーになりそう。
この連休中に、ちっこいハエが、メシを食ってると プゥ~ン プゥ~ン...と、そこらを旋回するのでイライラ💢です。

こんな夢を見た(Selection)五本立て

夢は見ても記憶になかったり、その時は覚えていても忘れてしまったり。
最近、あまりインパクトある夢を見ていない(記憶ない)ので、今回は過去に見た中から印象に残るもの五本立て。


Selection① 数学の時間。

次の授業は数学の時間である。
どうやら宿題を忘れたようで、教科書も持って来なかった。
数学担当教師は眉間に筋を立てて怒ることで有名だ。面倒くさいと思ったおれは “ふけちまえ” と思い、教室から目立たぬよう姿を消すと校門を出た。
校門前の文房具店を覗いてみると、焼き鳥とか煮込みの大鍋が見えたので、飲んで行こうとするのだが、財布を教室に忘れてきたらしい。
「Kさん、ツケでいいから飲んでいきなよ!」と、マスターの梅宮辰夫が言うので、ホッケだかヒラメだか、焼き魚を4~5皿頼んだ。
すると、隣の席に数学教師?(黒い影だからはっきりせず)が飲んでいるので、ダッシュで逃げた。
駅に着くと、間違って東北新幹線に乗ってしまったようで焦る。


Selection② ナターシャ

深夜帰って来ると、誰もいないはずの部屋に明りがついている。
中に入ると、ロシア女?ナターシャがご飯を食べている。
「勝手に人の家に上がるな!」と言ったら、彼女は立ち上がり怒りの形相でおれの首を締めようとする。
おれより10cm以上はでかいので「ギブアップ!」と叫びながら逃げた。追ってくるので「デブ!」と捨て台詞を残し部屋を飛び出した。
ナターシャが恐くて部屋に入れない。
おれの家なのに悔しい・・・。
(ナターシャ夢は同じパターン、色々なバージョンでよく見ます)


Selection③ ドラッグクイーン

どこか異様に暗くて狭い銭湯?に、おれは友人?(誰だか不明)といた。
オシッコがしたくなったので、あちこちトイレを探し回る。
そこでいきなり場面転換?
着替えようとすると、おれの服が一枚もない。困った、困った...。
すると大竹しのぶがやってきて言う。
「これを着て行きなよ! 裸よりマシでしょ?」
着替えると、カラフルでド派手なドラッグクイーンにされていた。
そのまま銭湯?から出ると、会社の連中が数人歩いてきたので隠れた。
街を歩いていても、あまり注目を浴びず、他人は自分が思うほど気にはしないのだな...と、安心する。


Selection④ キューポラ

鋳物廃工場がある。
子どもの頃に住んでいた、懐かしいあの場所だ(構内地に我が家はあった)。
そのキューポラ煙突から作業着姿の父が出てきた。煙突から父は飛び立ち、
しばらく周囲を旋回すると遥か彼方へ消えてしまった。今でも工場を守っているのか?と思うと切なくなった。
元我が家には知らない家族がいるようで、ピンポンダッシュして逃げた。


Selection⑤ 歯

かつてビール瓶の栓をも抜いた、おれの頑丈な歯が抜けた。
なんか、不気味な抜け方だったので、抜けあとに触れてみると、もう一本抜けた。次々とそれは律動的に不変速に抜けてゆく。かなり気持ち悪い。
その異様でグロテスクで我慢ならない連鎖を食い止めるべくうがいをする。
抜けた歯は口の中で粉状に砕け、最後には粒粒が混じった歯磨き粉のようになった。地獄だ!


以上のような夢は、色々パターンを変えてよく見ますね。
夢は文学や漫画、映画より面白い。