オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

散歩とカツ丼と...

休日の昼下がり。
ダラダラと散歩するのが好きなのです。そこに「目的」があってはならない。目的や目標なんて面倒くさい。

旅は途中下車や行先不明が楽しいのだ。それは散歩も同じだろう?
何にも制約されず、一人思うまま自由に歩き回る。


だらだら、、

 ふらふら、、

  きょろきょろ、、


大抵は本屋に寄る。
あの空間ほど落ち着ける場所はない。
飽きもせず何時間でもいられる。
幸福な時間なのです。

“ 近頃は、ちょっといい話風の小説が流行っているのだな?つまらん!”

“ 芸能人本なんて買うやついるのか? 頭悪いんだろうな... ”

“ リーダー論とか組織論等のビジネス本の殆どは胡散臭い詐欺本だ ”

そんなようなことを、心の中でぶつぶつ呟きながら本を眺め回るのが楽しい。結局、おれは時代小説を買って本屋を出るのであった。


外へ出ると、雲行きが怪しい。
遠くの方で雷様がゴロゴロと怒っているような気がする。

“こりゃ、一雨来そうだな...”

あたりを見まわすと、小さな蕎麦屋が目に入った。ちょっと空腹を感じていた。迷わずそこへ飛び込む。

《客はおれ一人のようだ》


ビールの小瓶

カツ丼

f:id:okeraman:20210410161601j:plain


散歩で渇いた喉に、冷たいビールが沁みる。心にも沁みる。
ビールがあれば、この世も捨てたもんじゃない。シアワセの極み。
ビールを愉しみながら、時代小説をパラパラめくっていると、奥の方から甘辛そうなタレの匂いが漂ってきた。

おれのカツ丼。
そろそろやってくるな? ビールにカツ丼、なんというベストなチョイス。

亜米利加人が言っていた。
「ビールにはホットドックが最高!」

独逸人も言っていた。
「ビールにはソーセージが一番だよ」


これだから、欧米の食文化は理解出来ない、風情がない。
ビールにはカツ丼と決まっているじゃないか! 日本人で良かったと、シミジミと思う。

ん? ちょっと待てよ。 

ビールと一番相性が合うのは餃子じゃなかったのか?
鶏の唐揚げを食べながら飲むビールも格別だ。
枝豆や奴豆腐という、圧倒的なビールの手下もいる...。

「はい! カツ丼ね!」

おれのカツ丼が来た!

出汁で玉ねぎをサッと煮て、サクサクのとんかつを白飯にのせ、卵でとじてある。

これがいいんだな。

ソースカツ丼だの、味噌カツ丼だの、卵でとじないものは信じられない。
それなら、丼にせず別々に食べればよろし。ついでに言えば、カツカレーも別々に食べた方が良い。
近頃では丼にせず、オシャレなお皿に入れ、カフェ風カツ丼もあるらしい。

てやんでぇ! 何がオシャレカツ丼でぃ! カツ丼は伝統芸でぃ!


ザーザー 
 ザーザー
  ザーザー


外では雨が激しく降っている。
時折、稲光がピカリと光る。
どうやら、雷様の怒りはまだ鎮まっていないらしい。
同じ雷様なら、高木ブーのように穏やかであってほしいよな...
そんなくだらないことを考えながら、一人苦笑するのであった。

雨でしばらく外へ出られないな、、店に置いてある東スポを見ながらビール小瓶をおかわりする。

東スポのページをめくる。
ちょうど、エッチなページが出てきたところで、店のおやじがビールを持ってきた。
おやじは、おれと東スポのエッチな写真を見較べると「ニヤリ」と笑った(ような気がした)。

《ち、ちがうからな、、おれはプロレス欄か競馬欄が見たいんだからな。スケベ男じゃないぞ!》


夕立ち?
雨は止んだ。雷様も去ったようだ。

「すいませーん、お会計」


うまいカツ丼だったな。
辛いのか甘いのか、しょっぱいのか?
決して上等なカツ丼ではないけれど、量もあったし安い。なにより満足感があった。カツ丼というものは...

これで いいのだ!


まっすぐ帰ろうか?
それとも、焼き鳥屋でも寄ろうか?
まず、競馬新聞でも買おう。

素晴らしき散歩を終えるのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

世の中はコロナ禍の中、一向に収まりそうにありませんね。

あのお蕎麦屋さんも閉店していました。

おまけに糖尿病となった私は、カツ丼をかきこむように食べることは出来なくなりました。

それでも私は散歩を続けます。
健康のため、ゆっくりでなく、早歩きのウォーキング。
今日も5~6km程、歩いてきました。

来週は “名馬 Memories 怪物編” の続きを更新しようと考えています。

ひょっとこおじさん。

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋(いか)ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

(中略)

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒドリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ

宮沢賢治雨ニモマケズ』より”


私が好きだった俳優、田中邦衛さんが死んじゃったよ...。

どうですか?
上記、有名な詩、宮沢賢治雨ニモマケズ」を読むと田中邦衛さんが思い浮かばないですか?

私は基本的に “照れの精神” がない人は信用しないんですよね。
実直でシャイ(照れ)、口を尖らせて朴訥と喋る邦衛さんの語り口がたまらなく好きでした。
人間の表情で一番美しいのは、照れくさそうな笑顔。
田中邦衛さんほど、そんな笑顔が似合う俳優さんは他にいない。

「冗談じゃねえよぉ~」
と、口を尖らせて喋る姿はどう見ても “ひょっとこ” ですよね(笑)?

f:id:okeraman:20210404021828j:plain

田中邦衛さんは、絶対に胸を張って堂々とは歩かないでしょうね?
ちょっと俯き加減で、背中を丸めて、ポケットに手を突っ込みながら歩く。否々、そういうイメージがあります。
普通なら、そんなおじさんは風采の上がらない男に見られがちですが、邦衛さんは結構シャレている。決して野暮ったくなく垢抜けている。
日本的な性格?ではあっても、洋風な感じがする。
実写版「ルパン三世」で、次元大介を演じているように、何となくルパンの世界観と調和する(私の主観です)。

あの不器用?な田中邦衛さんのスタイリッシュさは、どこから来るんでしょうね? 饒舌な言葉ではなく、表情や動作にその秘密があるのかもしれませんね。


そういえば、田中邦衛さんは享年88才だったという。これは、あの “笠智衆” さんと同じなのだ。

日本的な佇まいの笠智衆さん、ちょっぴり洋風な田中邦衛さん。
常におじいさんであった笠さん、常に若々しい?イメージがあった邦衛さん。タイプは一見正反対であったが、私は共通するものを感じるのです。


自信を持って生きている人なんて稀なのだ。人は誰もが心の何処かにコンプレックスを持っている。

不器用ながらも朴訥と真面目に一生懸命生きている姿に、人々は胸を打たれるのだ。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ...


田中邦衛さん、大好きでした。
さびしいけれど、安らかにお眠り下さい。ありがとうございました。

名馬 Memories 怪物編② 怪物が咆哮していた時代

名馬 Memories 怪物編① 怪物と呼ばれた名馬達

https://okeraman.hatenablog.com/entry/2021/03/13/165208

名馬 Memories 怪物編
前回①の続きになります。


私が最初に「怪物」と認識したヒデハヤテ以来、ハイセイコーキタノカチドキカブラヤオーテスコガビーと、毎年のように怪物が登場する。
まさに、モンスター達が咆哮していた時代でしたが、その翌年にとんでもない怪物が現れた。

その名は、天馬 トウショウボーイ

あの、衝撃の皐月賞
3歳馬(当時、旧表記4歳)でありながら、有馬記念を楽勝(Rタイム)。
「差が開いた、差が開いた、、これは恐ろしい時計です!」と、杉本アナを絶叫させた神戸新聞杯
そして、なんと言っても、流星の貴公子 テンポイントとの数々の名勝負。
(ん、、テンポイントも怪物じゃないかって? 怪物というより天才(編)タイプだと思いますね。)

トウショウボーイに関しては、これ以上説明する必要はないでしょう?
また、思い入れも強いので、長くなってしまいますから。


怪物の時代はまだ終わらない。

TTG時代の翌年に異質の怪物が登場する。外車 マルゼンスキー

果たして、マルゼンスキーは本当に怪物だったのだろうか?
これは、ヒデハヤテにも言えることなのですが、その真の実力を発揮する舞台が少なかったのが物足りない。
外向脚という、いつ故障してもおかしくない爆弾も抱えていた。

「大外でもいい、賞金もいらない、他の馬の邪魔は一切しません。だからダービーに出して下さい」 中野渡清一

走るたびに後続をぶっちぎり「異次元の走り」とは、彼のためにある言葉なのかもしれません。
しかし、私はマルゼンスキーに怪物の称号を与えるのは違和感がある。
あれは別種のバケモノ。

トウショウボーイが、正真正銘、掛け値なしのモンスターならば、マルゼンスキーは正体不明、得体の知れないエイリアン。 例えるならば、前者は怪獣王ゴジラ。後者はウルトラマンを倒したゼットン... (笑)。


f:id:okeraman:20210326051434j:plain

ここで、歴史のタラレバ。

オールドファンの間で、昔からよく議論されてきた幻のドリームマッチ。
1977 伝説の有馬記念に、マルゼンスキーが出走していたら?

さすがのTTGも、マルゼンスキーのスピードについていけないのではないだろうか?

タフなレース経験のない?マルゼンスキーは、TTのプレッシャーに潰されるのではないか?

そんな意見があります。
実現しなかったことは残念でしたが、今では、どちらも傷がつかなくて、あれで良かったのだと思っています。


怪物たちが咆哮していた時代。
マルゼンスキー後、新たな怪物は中々登場せず、スターホースは、トウショウボーイの仔ミスターシービー、皇帝シンボリルドルフという、両三冠馬まで待たなくてはなりません。
シービーにしても、ルドルフにしても、後のタマモクロスにしても、強い馬ではありましたが、怪物のイメージではなく、タイプが違うと思います。
《 実績ある馬=怪物ではなく、イメージ。その称号が似合うかどうか?》

第一回ジャパンカップ

我々競馬ファンは、海外の怪物を目の当たりにすることになります。
日本の強豪馬が、次々と惨敗する。
「世界との差はこんなにもあったのか?...」と、日本のファンにはショックだったでしょうね。


さて、マルゼンスキー以降の怪物は?
昭和の終わりに出てくる、ご存知、あの芦毛の怪物。

マルゼンスキー から芦毛の怪物まで。
その間に、怪物の片鱗を見せた二頭の馬も付け加えたいと思います。

サルノキング
天才、田原成貴に「自分が乗った中では最強馬」と言わせた。
後にトウカイテイオーに出会う田原ですが、サルノキングも相当な器だったのは確か。引っかかる気性といい、怪物然とした雰囲気を醸し出していた。
まともに走っているところを見てみたかった馬でした。あの逆噴射事件がなければ?と、思わずにいられません。

もう一頭はビゼンニシキ
あのどこまで伸びるんだ?という走りは、キタノカチドキトウショウボーイを彷彿とさせましたが、同じ時代にシンボリルドルフがいた不幸。
それにつきますね? この馬も故障で現役が短かったですね。

怪物と呼ばれた馬達の特徴に、故障早期リタイア傾向があるのも事実。



そして、時代は本物の怪物を迎えるのです。芦毛の怪物オグリキャップ


・・・・・・・・・・・・・・・・・


名馬 Memories 怪物編
次回③に続きます。(更新日未定)

次回の更新は別の話題になります。

『お帰り寅さん』巡礼の旅。

車寅次郎が帰ってきた。

懐かしい、、あの四角い顔に細い目。
しかし、それは残像だった。


私が(映画版)寅さんと出会ったのは11才の時でした。寅さん演じる渥美清さんが亡くなったのは1996年。私は38才になっていた。

寅さんがいた時代。
思い返すと、あれは夢を見ていたんじゃないだろうか? と、思うことがあるんですよね。


『お帰り寅さん』

1995公開「寅次郎 紅の花」以来、実に24年ぶりに寅さんがスクリーンに帰ってきた。

冒頭の桑田佳祐歌う「男はつらいよ」主題歌。賛否両論ありますが、私はこの段階でうるっときました。
さくら、ひろし、甥っ子のみつお...。
懐かしい面々。
その中に、相変わらず寺男を演っている、源ちゃんこと佐藤蛾次郎さんの姿を確認した時は胸が熱くなりました。


う~~ん...。

もう寅さんはいないのだと再認識させられる。

スクリーンを通して、寅さんの魂への巡礼の旅に出掛けているような錯覚に陥る。

寅さんの魂に触れているとはいえ、決して厳かな気分にはならない。
何たって、日本一楽しく面白く賑やかなおじさんだったのだ。

そして、日本一のアウトサイダー

しかし、在りし日々の寅さんを思い出す時、その姿が滑稽であればある程、なぜか胸が締め付けられるのです。

f:id:okeraman:20210318221528j:plain



シリーズ50周年記念『お帰り寅さん』

映画の内容に関しては、余計な批評は控えようと思っています。

疑問(不満)点は多々ありますが、ファンそれぞれの思いもあるでしょう。この映画を通して寅さんを思い出すことに意義があると思うからです。

それにしても24年ぶり?の「とらや」の面々。さくら、ひろし、源ちゃんも歳をとったなぁ...。
そして、おいちゃん、おばちゃん、先代の御前様、タコ社長の姿はない。

映画の中では、寅さんの生死は明らかにされていない。
仏壇の、おいちゃん、おばちゃんの写真の横には、寅さんのそれは並んでいない。

「夏になったら鳴きながら、必ず帰ってくるあのツバクロさえも、何かを境にぱったり 姿を見せなくなる事だって、あるんだぜ」

これは、寅さんの有名な(捨て)台詞ですが、登場人物は未だ寅さんはどこか旅をしていると思いたいのだろう。
しかし、その回顧する表情から寅さんはもういないと、悟っているようだ。
皆、心の中で寅さんのゴーストと会話しているように思える。


なぜ、寅さんを観ると懐かしい気持ちになるんでしょうね?

多分、寅さんと、その周囲の面々を見て、今は亡き自分が出会った人たちを思い出すからなのかもしれません。

“ こんな人がいたなぁ... ” と。 


渥美清さんが亡くなり、寅さんシリーズも「紅の花」を最後に終了すると、その後の「とらや」はどうなったのだろうか? 山田洋次監督には、とらやを舞台に新作を撮ってもらいたい。と、ずっと思っていました。
しかし、それが実際に実現してしまうと、ファンとは勝手なもので、自分が想像するその後とは異なものになってしまいました。
ファンそれぞれの「その後のとらや」があり、その想像力に任せてもよかったのではないか?
という矛盾した気持ちもあります。


いつかおまえの よろこぶような♪
  偉い兄貴に なりたくて♪

果たして寅さんは、偉い兄貴になれたのでしょうか?


寅さんが我々に啓蒙していたのは?


Love&Peace&Freedom


であったと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

今週 3/20(土) 18:00~

BSテレ東開局20周年特別企画 春だ!さくらだ!寅さんまつり


そして、翌 3/21(日) 19:00~

『お帰り寅さん』


放送されます。

興味のある方は是非。
寅さんに会いましょう。

名馬 Memories 怪物編① 怪物と呼ばれた名馬達

名馬 Memories シリーズ。

前回は二度に渡って「王者編」を書いてみました。

今回は怪物編。

調べると、前回の王者編で King of Kings とした、キタサンブラックのことを「平成最後の怪物」と評する記述が散見されました。

キタサンブラックが怪物?

私の感覚では違うんですよね。
私の考える怪物とは、天性のポテンシャルの高さで走る馬。
圧倒的なパフォーマンスを見せるが脆さも併せ持つ。
キタサンブラックも怪物的な強さはあったものの、それは積み上げたもの。成長しての強さに感じます。
あの風格、佇まいは知性のようなものも感じ、怪物というより王者の称号が相応しいでしょう?
だからといって、怪物と呼ばれた馬は知性がないということではなく、訳のわからなさを感じるのです。


近年の競馬ファンは、やたらと「「バケモノじゃね?」と、ちょっと目立つパフォーマンスを見せると怪物扱いする傾向が目立ちます。本当に毎年のように複数の怪物が現れます(笑)。
それは、新たなスターホースを待望する気持ちからだと思いますが、本物の怪物はそんなに頻繁に出てくるものではなく、大抵は途中でメッキが剥がれたり、故障リタイアする怪物候補も少なくありませんね?

怪物と呼ばれた馬。

一般に、初代怪物と呼ばれた馬はタケシバオーとされています。
それ以前でも、クリフジやトキノミノルのように、怪物的強さを見せた馬はいたでしょうが、当時競走馬に怪物という称号を与えることはなかった。
タケシバオーの凄さについては、リアルタイムで観ていないので語りませんが、当時の競馬ファンの中には「シンザンより強い」と言う人も少なくありませんでした。

私がリアルタイムで観た最初の怪物は?
昭和最強世代と言われた「花の47年組」に出てきたヒデハヤテ。
怪物ヒデハヤテと新聞の活字になったのを憶えています。あれは衝撃的な強さでした。
脚部不安が発生して調子を崩していなければ? ランドプリンスロングエースタイテエム等を問題にせず、少なくとも皐月賞は確実だったかも。否、あくまでタラレバではありますが。
この馬の強さについては、天才福永洋一をして「自分が乗った中で最強馬」と言わしめたのが全てでしょう。


そして、怪物という称号が競馬マスコミの間で一般的になった、あの馬が登場します。地方の怪物ハイセイコー


f:id:okeraman:20210313165141j:plain

大井時代の強さについては、当時の地方競馬ファンの言葉を借りるならばウルトラモンスター級。
6連勝で中央に移籍しても、弥生賞スプリングS皐月賞NHK杯と過酷なローテの中で4連勝。
しかし、ダービーで3着に沈んでからというもの、怪物のイメージは徐々に薄れていきました。
それも当然で、ハイセイコーは典型的なダート馬であって、不得手?な中央の芝であの成績をおさめたのは驚嘆に値します。
現在のようにダートのG1あれば、どれだけのパフォーマンスを見せたか?

あの時代。
ハイセイコー以降も続々と怪物が登場しました。

史上初単枠シードに指定された怪物キタノカチドキ(三冠レース全て)。
強かったなぁ、、キタノカチドキ
大川慶次郎さんは、前年に怪物と形容されたハイセイコーと比較して「本当の怪物とはこういう馬のことを言うのです」と言っていたのが印象深い。
とにかく、負ける姿が想像出来なかった。この馬もハイセイコーと同様、大本命で臨んだダービーで3着と沈む。
「競馬に絶対はない!」を思い知らされたレースでした。


そして、キタノカチドキの翌年。
怪物的な牡馬と牝馬が登場します。

トウカイテイオーが平成で最も強い勝ち方をしたダービー馬ならば、昭和ではカブラヤオーでしょう?
あのハイペースで逃げて押し切ってしまったダービー。
これ、怪物というより魔物が取り憑いているのではないか?
驚きました。信じられない。

そして、同じ時代の牝馬テスコガビーがいました。
「後ろからはなーんにも来ない!」の実況で有名な桜花賞はいつまでも残像として残っており、オークスでも後続を8馬身もぶっちぎっています。
牝馬に怪物という称号はどうかと思うので魔女と形容しましょう。

カブラヤオーのノミの心臓(臆病)といい、テスコガビーの悲劇的な最期といい、この両馬には怪物と形容するには儚さを感じるんですよね。そして、一生懸命さが見えてしまう。でも、その実力は本物の怪物でした。


ハイセイコーキタノカチドキカブラヤオーテスコガビーだけで驚いてはいられません。

あの馬が登場します。

流星の貴公子テンポイントと共に、TT時代を築いた天馬トウショウボーイ

・・・・・・・・・・・・・・・・・


名馬 Memories 怪物編
次回に続きます。(更新日未定)

次回の更新は、3/21に、テレビで『お帰り寅さん』をやるとのことで、あの映画について語る予定です。

再掲『夜桜への恐れ』美しきは怖い!

今週末の更新は一休み。

だいぶ春めいてきましたね?

もう、2~3週間もすれば桜が咲いているかもしれません。
とは言っても、去年のように、開花宣言と共に降雪...ということも。
その頃から、新型コロナが大きく拡がっていきました。

今年は春、桜開花から徐々に縮小していくことを願うばかりです。


桜に関すること。
去年書いたものを再掲します。


 再掲『夜桜への恐れ』2020-03-15

夜桜が怖い...と感じたのは、小学校二年生の頃だろうか?
あの日、大宮にある親戚の家に遊びに行っていた私は、その夜、叔父に連れられ大宮公園を散歩していた。
桜が満開の季節。しかし、夜の桜は昼間のそれとは別の顔を見せていた。
街灯に照らされ、くっきりと鮮明に浮かび上がる桜は、毒々しいほど美しく、まるで生きているようなのだ。
なぜ、あの様な “怖い” という感情が生じたのだろうか?
そういえば、幼い頃の私は風をひいてはよく熱を出した。風邪の引き始め、微熱があると、やたら花が美しく感じた記憶がある。そして、怖い...。
花は生きている。人とは別種の感情があるような気がする。だから、見られているようで怖いのかもしれない。
「体調と花の美しさの認識は、多少の因果関係がある」と、何かの本で読んだことがある。体の不調は神経を鋭敏にする。私は感受性の強い少年だったのだろう。

「お前、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像して見るがいい」
梶井基次郎桜の樹の下には」より。

夜桜の美しさは、恐ろしいものが映す影ではないだろうか?

さて、昨日 3/14 は、東京靖国神社で観測史上最速の桜開花宣言が出ましたね。しかし、そのタイミングで雪が降ってしまいました。
今年の桜が咲く季節、、世の中はコロナウィルスで騒然としています。夜桜に感じる怖さとは違い、こっちはリアルな恐怖。早く終息してほしいものですね。
         以上


女性と一緒で、美しいものはゾッとするほど怖いのです(笑)。

胸のすく思ひだ。

 『雑草』

雑草が

あたり構はず

延び放題に延びてゐる

この景色は胸のすく思ひだ、

人に踏まれたりしてゐたのが

いつの間にか

人の膝を没するほどに伸びてゐる。

ところによつては

人の姿さへ見失ふほど

深いところがある。

この景色は胸のすく思ひだ、

伸び蔓れるときは

どしどし延び拡がるがいゝ

そして見栄えはしなくとも

豊かな花をどつさり咲かせることだ。

     (北川冬彦)


  ・・・・・・・・・・・・・


北川冬彦の「雑草」という詩がずっと心に残っている。
教科書に載ることも多い作品だそうなので、知っている人も多いと思います。私も中高生時代に教科書で知ったのかもしれません。

 “この景色は胸のすく思ひだ”

二度繰り返される「胸のすく思ひ」
このフレーズが妙に印象的なのです。


胸のすく思い?
(心のつっかえが取れたような、すっとした心持ち )

う~~ん
しばらくそんな思いをしたことないなぁ、、そんな場面に遭遇したこともない。心の中はつっかえ棒ばかり。


この「雑草」という詩。
現代社会に例えるなら? 雑草は庶民の暗喩なのだ。しかし、胸のすく思いにはいつまで経っても至らない。


ふと、去年観た映画で、個人的に一番印象に残った『ジョーカー』のことを想い出す。

f:id:okeraman:20210304011340j:plain

この映画は「バットマン」の名悪役ジョーカーが誕生するまでの物語。その悲しい過去と苦悩を描いたもの?

嫌々、そんな単純なものではない。


舞台は80年代アメリカ?
格差が拡大し、若者の間で社会主義イデオロギーが浸透しつつあるという。端的にいえば、そんな格差社会での革命の発生を描いたもの?... というのが私の勝手な解釈です。
政治には無関心のジョーカーが、革命運動のヒーローになってゆく。
体制側のバットマンより、悪のジョーカーに感情移入する人も少なくないのではないか?と、感じるのです。

これ、アメリカだけの話じゃありませんよね?

小泉内閣が招いた格差社会
安倍独裁的政治から現代に至る日本で、画面(ジョーカー映画)を見ながら快哉を叫びたくなるような瞬間も度々ありました。

胸のすく思ひだ! と。


でも現実は、こうやって成立する革命運動は不毛であり、自由への道に至ることは稀であります。

一般市民をも危険に巻き込むジョーカーのようなやり方は共感出来ないが、悪賢い政治家や資本家の正体を暴いてみせる存在あれば。

それこそ「胸のすく思ひだ」

 ・・・・・・・・・・・・・・


遠い昔。

日頃のストレスから、例え一瞬でも嫌なことを忘れさせてくれる “胸のすく思い” をさせてくれる、ヒーローの存在がありました。

ヒーロー像は人によって違うけれど、私にとってはウルトラマン(笑)。
王・長島(ON)のアベックホームラン。
オグリキャップトウカイテイオー有馬記念でのラストラン 等々...


あの景色は本当に胸のすく思ひだった。