オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想・オケラ街道の少女(11)謎の少年。

嫌な夢だった…。
チグサはおれの顔を見ると子犬のように尻尾を振って寄って来ると思っていたのは自惚れだったのか? 信じられないことにシカトされたのだ。 おれのことなんか眼中にないかの如く一瞥もくれない。
否、向こうからやってきたチグサと行き交う際、チラッと横目を送ってきたようにも感じられる。おれが誰かなんて気付いていない。只の通行人でしかない?
違う!行き交ったチグサの表情はゾッとするほど冷淡だった。あれは気付いていながら無視している目だ。
何故、たかが夢のことでこんな気分になるのだろうか?

 

一週間はあっという間に過ぎた。
2023年12月23日 第68回有馬記念を翌日に控え、おれは近くの焼鳥屋でいっぱいやっていた。下馬評ではこの年の天皇賞(春)を勝っているジャスティンパレス、去年のダービー馬ドウデュースが人気を集めているようだが、絶対王者イクイノックスが去ったあとでは、その人気も割れている。
” 頼むぞ タイトルホルダー!“
おれは、この有馬がラストランになるタイトルホルダーという馬に夢を託すことに決めていた。そんなことを考えていると
往年の名馬グリーングラスにその姿が重なったのだ。思い出のグリーングラス…。

“中山の直線を流星が走りました! 
テンポイントです”

競馬史上最高の名勝負。
あの時、グリーングラステンポイントトウショウボーイに続く3着。
4着はこの年の菊花賞プレストウコウだったが前の3頭(TTG)には6馬身も遅れていたのだ。私はTTGの強さに震えた。
”その日、おれは失恋した“

 

翌日、おれは昼前に中山競馬場に辿り着くと、有馬記念までの数レースの馬券を買った。自称(競馬場の)オケラマンであるおれはいつものように馬券は屑と化す。
有馬記念を勝ったのはドウデュース。
タイトルホルダーは惜しくも3着で、おれの馬券に絡むことはなかったが、この馬なりには頑張ったと思う。そんな馬券のことよりも、この秋パッとしなかったドウデュースと、怪我から復活した武豊の好騎乗に、名コンビに痺れる思いだ。

てくてくてく、、、
           てくてくてく、、、
                     てくてくてく、、、

いつものように馬券は当たらない。
おれはクリスマス・イブのオケラ街道を両手ポケットに突っ込み、背中丸め俯き加減に歩いている。
中山競馬場まで足を運んだのは、オケラ街道にチグサがいるような気がするからだ。チグサはおれの妄想が生み出した幻想?幻視?だと分っちゃいるけど、何の根拠もないのに、又、あの場所でやせっぽっちなチグサが、バンビのように震えながら蹲っているに違いない。

しかし、チグサの姿はなかった。
後ろからやってきて、おれの目を塞ぎ「うしろの正面だーれだ?!」なんてこともなかった。チグサは存在しなかった。
いつか、チグサと一緒に入った蕎麦屋の前を通ると、もしかしたらチグサがいるかもしれないと期待を胸に覗いてみた。
いない!
思いきる(忘れる)ことにしよう。
チグサはただの数枚の馬券にすぎなかった。チグサはおれの妄想にすぎなかったのだ。寺山修司風にいえばそういうことだろう。それでいいのだと思う。

 

無性に酒が飲みたくなった。
おれは西船橋駅近くの知っている焼き鳥屋に入った。
「黒ホッピーセットね。それにモツ煮込みと、焼鳥はネギマ、ボンジリ、砂肝を塩で2本ずつ。イカの塩辛もね」
おれは静かに一人飲んでいる。ほろ酔いになった頃だろうか、、店に一人の少年?が入ってきた。一瞬、おれはチグサかと思い立ち上がりそうになるが、チグサにしては背が高く女の子ではなく男の子だ。
こんなウマキチの汚いオヤジばかりいる焼き鳥屋に、少年の姿は頼りなく似つかわしくない。違和感、、、。

この少年、、何処かで見た記憶がある?

少年はカウンター席のおれの横に腰掛けると酒肴を覗いている。

「少年!あっしに何か用でもあるんで? こんなとこに一人で? 誰か大人と一緒ではござんせんのかい?」

「おじさん、あまりお酒飲まない方がいいと思いますよ。それに、もっと良いもの食べないと血圧上がるよ…」

おれは少年の顔をまじまじと見つめた。
この構え気味でシャイそうな感じ。
こいつはあの頃の、、50年前のおれではないか? 間違いなく少年時代のおれだ。

 

「おじさん、こんな聖夜に独りで飲んでるなんて孤独なんですね?」

違う、、少年時代のおれは、こんなズケズケものを言うガキではなかった。

「余計なお世話でござんすよ…」

怯んだのか? 少年はうつむいてしまった。

こいつはあの頃のおれだ!

 

つづく。