オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想•オケラ街道の少女(6)うるせい!デブ。

気のせいだろうか?  幾分チグサの背が伸びたような気がする。それにその表情も大人びて見える。6日前の日曜朝、チグサが消えてからというもの、心配で心配でおれは眠れぬ夜を過ごしていた。それに追い出してしまったようで自己嫌悪もある。
目の前でニッコリ微笑んでいるチグサを見ておれは込み上げるものがあった。その小さな身体を抱きしめてあげたい。

「どうしたチグサ!どうしてこんなところにおる、、 那須塩原だったかな?帰ったのではないのか?」

「うん。わたし、那須出身とは言ったけど、そこに住んでるなんてこと、一言も云ってないよ…」

「うむ! ならば、何処に住んでおる。ご両親も一緒なのだろうな? 先週もここらで会ったな。若い娘がこんなオケラ街道で何をしておったのじゃ?」

「ここにはおじさんみたいな人が一杯いるからね。それに、わたしは何処にでも行けるし帰れるんだ…」

「何処にでも行ける? 帰れる? どういうことだチグサ。おまえは何某なのだ?」

これはおれの心が生み出した幻の少女なのだろうか?  小説や映画の中ではありがちなストーリーだが、これは現実に起きていることなのだ。
チグサはただ黙っているだけ。

「まぁ、おまえが何処の誰でも構わん。で、今日は腹は空いておらんのか?」

「空いてるよ! いつもお腹ペコペコなんだよね。先週行ったお蕎麦屋さんで親子丼食べたいな。それに狐うどんも」

おれはチグサを連れ駅の方へ向かった。
もっといいものを食えばいいのにと思いつつ、先週、美味しそうに親子丼を食べていたチグサの表情を思い出した。
おれは蕎麦と塩辛で一杯やろうと考えている。きっと、チグサに「おじさんお酒飲みすぎ!」と、叱られるだろう。そんなことを考え心の中で苦笑する。

てくてくてく、、
               てくてく、、
                        てくてくてく、、

しばらく歩いていると、背後に歩いているはずのチグサの気配がない。

「チグサ! 妙に大人しいの…?」
振り返るとそこにチグサの姿はない。

「チグサ! チグサぁ〜!」
おれはチグサの名前を叫びながら周囲を半狂乱になって探し回った。そんなおれを馬券敗残者のような冴えない顔をした男数人が不思議そうに見ている。
しかし、チグサの姿はどこにもない。

 

おれは蕎麦屋で盛り蕎麦と塩辛を肴に和酒で1杯やっている。先週、チグサを連れ入った店だ。テレビでは大相撲中継

いつもお腹ペコペコだって?
親子丼と狐うどんが食べたいと言ってたのに何処に消えやがったんだチグサ。
それでも、さっきオケラ街道にいたチグサはおれの幻覚だったと納得しよう。そう思わないとやりきれない。
人が店に入って来る度に目を向ける。
今にも「おじさん、お酒飲みすぎだって言ったでしょ!」とチグサがやってくるような気がするのだ。さっき目の前にいたチグサを幻覚とするにはあまりにも現実感があり諦めきれない。

このまま店を出て帰ってしまったら親子丼と狐うどんをご馳走するという約束を果たすことが出来ない。きっと、チグサは何か急用を思い出しただけ、それを済ませば顔を見せるかもしれない。そこにおれがいなければ親子丼が食えない。そう思うと帰ることなんか出来ないのだ。気が付くと夜の8時になろうとしていた。もう2時間以上も一人で飲んでいることになる。

「旦那、、さっきから競馬新聞を仏頂面で眺めてるけど、当たらなかったみたいだな? へへへ、俺もおんなじさ」

不遜な態度の肥えたオヤジがやってくると、無遠慮におれの前の席に腰掛けた。おれは一人でいたいのだ。“おれの真ん前に座るんじゃねえオケラオヤジ!”  心のなかでそう毒づいた。チグサがやって来てこんな汚いオヤジと一緒にいるところを見られたら同類と思われてしまう。
おれは酔っている。
そんなおれに向かって、オヤジは自らの馬券論を唾を飛ばす勢いで捲し立てる。不快感が込み上げる。我慢も限界だ。


「うるせい、デブ! 誰に向かってモノを言ってるんだ?去れ!」


オヤジは一瞬にして大人しくなると、頭を掻きながら他の席に移った。その後ろ姿があまりにも情けない。この手の男はオケラ街道周辺には多いのだ。

待てよ、、、。
チグサは「ここ(オケラ街道)にはおじさんみたいな人が一杯いるから」なんて言ってたな?  デブにチラッと目を向けると、自分自身を見ているようで情けない気分になってきた。(こいつは、おれか?)

さっきから、パトカーが行ったり来たり外の方が騒がしい。

チグサのことを諦めたおれは、伝票を持ってレジに向かった。チグサは幻であって存在しなかったのだ。厨房で店員同士が深刻そうな顔で話している。

「何かあったんですか?」

「ええ、、オケラ街道の方で若い女性の死体が発見されたらしくて…」

銭を払うとおれは走った。
おれとチグサの物語はラブコメであってくれと期待していた。彼女の正体が、その落ちが、おれの大嫌いなウマ娘だったらどんなに良かったか、、、。
サスペンス劇場になってしまうのか?
いやだ、いやだ、、いやだ!
老いた身体で酔っているのに走った。
おれは思いっ切り転倒した。

(続く)




妄想•オケラ街道の少女 (5)うしろの正面だーれだ?


朝起きるとチグサの姿がない。

昨夜、あれからおれは黒霧島の水割りをしこたま飲んだ。
あんなチグサのような少女とふたりっきり酔ってなきゃ間が持たないからだ。
おれはチグサに「明日は帰るのだぞ」と何度も念を押し、彼女が予言的中させた馬券25万円を丁寧に封筒に入れると渡した。チグサは来客用の暖かい毛布にくるまりリビングのソファーで休んだはずだ。

何もこんな朝早く帰ることもないのに…。
テーブルの上にメモ。

『おじさん、お世話になりました。
あまりお酒は飲まないようにね。
お金、いらないけど、ご厚意に甘えて一万円だけ頂きます。元気でね』(千草)

たった一万円?
帰りの電車賃にもならないぞ!?

おまえは莫迦なのか?
何処へ行ったんだ。
チグサ、チグサ、チグサ!
おまえに帰るべき家なんてあるのか?

テーブルに置いてあった封筒の中身を確認すると24万残っている。
時間を見るとまだ朝の7時前。
おれは窓を開け外に目を向けるがチグサの姿はない。そのまま玄関に走ると大急ぎで靴を履き外に飛び出した。


走りながらおれは思った。
あいつはおれの心が生み出した幻覚でもましてや幻妖の類でもない。実在する血の通った女の子なのだ。
おそらく帰る家なんてないであろうチグサに、おれはなんて残酷なことを言ったのだろうか。帰らなければ、拾ってきたオケラ街道に捨てに行こうとさえ思っていた。

おれは走った。走った!走った!
駅に向かう道、周囲を見回しチグサの姿を求め必死に探しながら走った。
駅に着いてもその構内をチグサを求め必死に駆け回った。
しかし、チグサの姿は何処にもない。

部屋に戻るとテーブルの上に黒霧島のボトルとチグサの食べ残したスナック菓子が虚しく置いてあるのが目に入った。

 

 

“ おじさん、あまり飲みすぎないで ”

チグサの声が聞こえた。
幻聴? おれは一人苦笑いを浮かべた。

それからの日々。
おれはチグサが戻って来ることを期待しながら過ごした。しかし、戻ってくるはずもなく、チグサは只の妖(あやかし)であったのだと思い込もうと、そうやって自分を納得させるしかない。
幻妖でなかったなら、あんな大万馬券を的中させられるはずもなく、初対面のおれに向かって「そんなに痩せちゃって…」なんて、以前のおれのことを知っているような口を利く説明がつかない。
何故、見ず知らずの少女チグサにおれは感情移入してしまったのだろうか?
それは、チグサがおれに似ているから?

また土曜がやってきた。
おれは中山競馬場にいる。競馬場にはウマに夢を託す多くの人が一喜一憂している。先週、おれはここで大万馬券を的中させた。ついているおれは、今週も大きな馬券を取れそうな気がしていた。
しかし、幸運は二週連続はやってこない。
そろそろ潮時だと思ったその時。

チグサ!!!

バンビのように痩せた身体をブルージーンズにダボッとした白いトレーナーに身を包んだ少女がトコトコ歩いている。
その後ろ姿はチグサに似ている? しばらくおれはその姿を眺めていた。少女は人混みに紛れ消えそうだ。
あれは、チグサだ、、チグサ!!

おれは狂ったように少女に向かって走るとその肩口をポンと叩いた。

「おい! チグサではないか?!」

少女ではなかった。
その顔は20代半ば過ぎに見える。女はまるでおれを痴漢を見るような不快そうな目で睨みつけた。

「あ、ごめんなさい! 人違いです」
おれは平謝りするしかない。

その日は何の収穫もないまま帰途。あのオケラ街道を西船橋に向かってトボトボと背中を丸めて歩く。大万馬券を的中させた先週はここを颯爽と歩いていたのに。
そして、あの場所が近付いた。
先週、颯爽とここを歩いていると、そこにチグサがバンビのように蹲っていた。おれは気になってチグサを拾ったのだ。
もしかしたら、今週もそこで蹲っているのではないか?と、その周囲に目をやったがいるのは競馬場でオケラになった冴えない男ばかりだ。チグサの姿はない。

何故、おれはチグサの幻ばかりを追っているのだろうか?
チグサがおれに纏わり付いて離れない。、纏わり付いているのはおれの方か? 自嘲気味の笑みを浮かべた。もう、チグサのことは忘れよう…。このまま西船橋駅前の焼き鳥屋で飲もう。。。

しばらく歩いていると、背後に人の気配を感じる。真後ろに歩かれると良い気分がしないものだ。おれは避けて道を譲ろうとしたその時だった。背後の人物が小走りに近付いてきたように感じる。すると、いきなり後ろから両目を塞がれた。
驚いたおれはそれを振り払おうとする。

うしろの正面、だーれだ?」

、チ、チグサ!!!

その声は紛れもなくチグサのもの。
振り返ると那須野千草がニッコリと微笑んでいた。

(続)

 

妄想•オケラ街道の少女(4)振り向くな 後ろには夢がない。

 

チグサは不思議な少女だ。
年齢より大人びた印象を受けるが旨そうに弁当を食す姿はあどけなさも残る。

 

フラッシュバック!

50年前のおれはチグサと同じ15才。

おれは茶の間に教科書と辞書、参考書を持ち込みテレビの前に座った。

ドキドキしていた。その日は第40回日本ダービーがあるからだ。小学生時代から競馬に興味を持っていたおれを母は顔を顰めて見ている。競馬は賭博であり将来を心配してのものだろう。

ハイセイコー敗れる!

おれはこの馬に夢をかけていた。前年に大好きだったアカネテンリュウが引退するも、新たなマイヒーロー、イシノヒカル菊花賞有馬記念を連勝。

しかし、その後に故障発生、、、競馬に興味を失いかけていた矢先にやってきたのが怪物ハイセイコーだった。

おれはショックのあまりテレビのチャンネルを回した。すると、欽ちゃんと二郎さん(コント55号)の、旺文社の参考書薔薇シリーズのCMがやっていた。茶の間に持ち込んできたおれが愛用していた参考書。

なぜ、薔薇シリーズなんてマイナー?な参考書を愛用していたのだろう? 翌年は受験を控えていた。部活ばかりでろくに勉強をしていなかったおれは、志望校に入れるかどうか?焦っていた。まぁ、今考えると有名進学校ならともかく、並の高校なら参考書より教科書を徹底的に勉強した方が効率的だとは思う。

なぜか、おれはハイセイコーが敗れたシーンと薔薇シリーズが重なる。受験期の鬱々していた象徴的心象風景だ。

 

 

ふりむくと

一人の受験生が立っている

彼はハイセイコーから挫折のない

人生はないのだと教えられた

(寺山修司)

 

「チグサ! お前も中三ならば来年は高校受験が控えておるじゃろう。 日々勉学に励んでおるのかな?」

 

「う、うん。どうしようかな…」

 

「家出して、こんな処で気楽に弁当食べておる身分ではないぞ。学校に行かんでいいのか? それに、1〜2日したら帰ると言っておったな? 親御さんも心配しておる。明日は帰るのじゃぞ!」

 

「そうだね…」

 

チグサの表情に胸を打たれた。

 

おれはチグサに残酷なことを言ったのかもしれない。チグサには帰るべき家なんてないのかもしれない。ふと、そんな気がしたからだ。

 

チグサの考え込んでいる様子を見て話題を変えようと思った。焼酎黒霧島水割りを飲みながらどんな話題がいいのか?思案する。60代も半ばになるとどうしてもトレンドに疎くなる。

 

「おじさん! お酒飲みすぎだって言ったでしょ? そんなに痩せちゃって、死んだって知らないからね…」

 

痩せちゃって???

何故おれが痩せたってことを知っているんだ? 今日の競馬での予言といい不思議な女の子だ。

 

「チグサ! 何故わしが痩せたことを知っておる? お前とは昨日が初体面ではないか。それに、今朝、お前はわしのことをむかしから知っておるような気がする、、と言っておったな?」

 

チグサは意味ありげな目をおれに向けたがそのまま押し黙ってしまう。

 

「チグサよ、わしは他者の心内にズカズカ踏み込む野暮な男ではないが、これも縁じゃ。家出してきた理由を教えてくれぬか。 まさか、帰る家がないわけではあるまいな?」

 

フッと、、チグサの姿が気体のように薄くなったような気がした。

これは現実なのか? チグサはおれが見ている幻覚ではないのだろうか?

 

チグサは何も答えずそのままテレビを眺めていた。NHK大河ドラマである。

それに目をやるとおれは不思議な感覚に陥り立ち上がった。

 

「どうしたの? おじさん…」

 

「お前は何も言わぬが、わしのことをおかしいと思わんのか?」

 

「どうして?」

 

「このテレビに映るサムライみたいな言葉遣いするわしをじゃ! 今は令和の時代じゃ、宝暦や明和の時代じゃないのだぞ。変と思わんのか?」

 

「あはは!おじさん昔から変だもん」

 

考え込んでいるように見えたチグサが楽しそうに笑ったのに少し安心した。

でも、昔から「変」ってどういうことだろうか? まだ15のチグサにとって昔とは何年位前のことを指すのだろうか?

 

不思議なことばかりだ。

何か目に見えない異界からの力が働いているとしか思えない。

しかし、幻覚では決してない!

おれはチグサにどんどん感情移入してゆくのを自覚するも怖くもあった。

 

チグサは、本当に明日帰るのだろうか?

このままというわけにはいかない。

帰らなければ警察に届け出ようとも考えるが、それは決してしてはいけないような気もする。

 

面倒くさいことになった…。

 

もし帰らなければ、拾ってきたオケラ街道に捨ててくるしかない。

 

チグサはおれの分身なのだろうか?

 

「私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである」(寺山修司)

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想•オケラ街道の少女(3)チグサ!お前はあの頃のおれなのか?

 

昼近く、ポツリと雨が降ってきた 。

それはザーザー降りとまではいかないが、次第に烈しくなってゆく。おれは窓を開けると空を見上げながら考える。

昨日は10年に一度あるかないかのウルトラ万馬券を当てた。その勢いのまま、今日も勝負するつもりだ。又、中山に行こうか、それとも浅草場外? しかし生憎の雨。出掛けるのも億劫なのでグリーンチャンネル観戦、馬券はネットで買おうと決め込む。

「おじさん、雨が降ってきたけど、今日も出掛けるの?」

「うむ! チグサのように、わしは若くはないからの。部屋でゆるりとするつもりじゃ。お前は? 構ってはやれぬぞ…」

冷蔵庫から無糖ビールとざく切りキャベツを取り出すとリビングのソファーに腰掛ける。競馬新聞と蛍光ペンスマホをテーブルの上に置くとテレビに目をやった。チグサはスナック菓子と烏龍茶を飲みながら雑誌を見ている。時折チラっとテレビに目をやるが、興味なさそうに雑誌に目を戻すと眠そうな表情になる。

「チグサ、わしのような爺とこんな部屋にいて辛気くさいと思わんのかな?」

そんなおれの言葉を無視するように、チグサはテレビ画面を凝視している。そして、目を輝かせながら徐に言った。

「おじさんこのレース荒れるよ。この馬と、この馬で絶対に決まるから買って!」

チグサはテレビ画面のパドックに映る2頭の馬を指差しながら言う。見れば、人気薄の2頭。どう考えても来る訳がない。馬番は②ー⑥、今日は26日なのだ。これだから素人は困る。おれは一笑に付す。

「本当に来るよ、 信じておじさん。1万円1点勝負してみて。お願いだから、ね!?」

「1万円じゃと? 戯れるにも程があるぞ…」

それでもチグサの真剣な表情は尋常ではなく、押されるまま、金を溝に捨てるつもりで②ー⑥ 馬券を千円だけネット投票。昨日は大万馬券を獲ったのだから金はある。1万円位どうってことはないのだが、ド素人の女の子の言うまま買ってしまうのはおれの美意識が赦さない。

 

 

数十分後、おれは自分の目を疑った。

1着②番 2着⑥番  馬連②ー⑥である。

「に、にひゃく、ご、ごじゅう、、倍? チグサ! どうして分かった? まさか、お前は魔女、否、妖(あやかし)ではあるまいな」

わなわな震えながら立ち上がったおれを、チグサは嬉しそうに見ている。彼女の言う通り1万投資していれば250万になっていた。それでも25万なのだから2日間で65万もの回収金を得たことになる。おれはこの少女に恐怖にも似た感情を抱いた。

「わたしね、誰にも言ったことないけど、競馬を観ているとたまにピンとくるお馬さんがいるんだよ。そのお馬さんは必ず勝つんだ。教えたのはおじさんが初めて、良かったね!」

「そんなわけにはいかぬ!これはお前が当てたのじゃ。大切に貯金するのじゃぞ。良いな?」

「ええ!わたし、お金なんかいらない…」

「むむむ! 何を言うかチグサ!」

 

夕方、空腹を感じたので近くのコンビニで弁当と簡単な惣菜を買ってきた。少女を連れ回す不審者と思われるのは面倒なのでチグサは部屋に待たせ一人で行った。雨は止んでいた。

「こんな弁当で良かったかな?」

「ああ、、美味しそう。でも、おじさんは自分の分買わなかったの?」

「若い娘がそんなこと気にするな!わしは酒あれば、チクワとキューリで充分じゃ」

「おじさん、もっと良いもの食べた方がいいと思う。それにお酒飲み過ぎだよ…」

チグサは心配そうにおれの顔を覗き込むが、どうしても気になることがあった。

「チグサ、お前はいくつなのじゃ?それに、栃木の那須郡出身と言っておったな? ならば、那須野牧場を知っておるな? そこに、昔、ナスノチグサというお前と同姓同名の馬がおったことは知っておったか?」

「うん。わたしはもうすぐ15才。ナスノチグサっていうお馬さんがいたってことは聞いたことある。強かったんだってね? 確か、すごい人気のあったハイセイコーっていうお馬さんと同期だったって聞いた…」

ハイセイコー

言葉では説明出来ない妙な感覚が襲う。

「チグサは15才か? 中学生じゃな。学校へ行かんでいいのか? 受験もあろうに…」

「・・・・・・」

黙っているチグサ。

そして、強烈な既視感(デジャヴュ)。

あの日のおれと、今のチグサは同じ歳。

 

ハイセイコー先頭!内からイチフジイサミ、外からタケホープ!」

あれから50年が経ったのだ。

 

チグサよ!

お前はあの頃のおれなのか?

 

(続く)

 

 

 

 

 

妄想・オケラ街道の少女 (2)ナスノチグサ。

 

https://okeraman.hatenablog.com/entry/2023/10/25/010126

からの続き

 

ここは自宅。
この少女を連れて電車で帰ったようだ。
ベッドから出た少女の姿を見ておれはホッとした。ブルー・ジーンズに長袖の白シャツ。昨夜オケラ街道で蹲っていた時と同じシンプルな格好。おれも部屋着のジャージと半袖のシャツを身に着けている。

「娘! 昨夜はすぐに眠ったのかな。何故わしと一緒の布団に入っておった?」

天地神明に誓って、おれはこんな少女に悪戯するような破廉恥な男ではない! 
そうは思っても昨夜の記憶が曖昧なのだ。
“未成年者淫行” という言葉が頭の中を駆け巡った。それに誘拐ではないのか?

「おじさんが、わたしに行くところがないなら着いて来なさいって。部屋に着いたらおじさんお酒飲んでそのまま寝ちゃったんだ。ベッドまでわたしが引きずって運んであげたの。重かったからわたしも疲れちゃって隣で眠ったの…」

「うむ! ならば、わしはお前に何も変なことはしておらんのだな?」

「ええ! そんなことしたら、酔払ってるおじさんをぶん殴って、蹴飛ばしてボコボコにしてここから逃げてたよ。おじさんすごく良い人に見えたから…」

「ワハハハ! そうか、そうか。とは言っても、いくら良い人に見えても、知らぬ男に着いて行くのは感心できん…」

「そんなことぐらい分かってるよ。でもおじさんは特別。むかしから知っているような気がしたんだ…」

(むかしから? 特別?)

時間も午前10時を過ぎていたのでゴソゴソと冷蔵庫をかき回した。おれのようないい加減な食生活を送っている男に気の利いた食材はなく少女に何を食べさせようか?と、考え込む。

「おじさん、私が作るから」

少女は冷蔵庫から卵を取り出すと、それを手際良く溶きフライパンにぶち込むとあっという間にオムレツになる。残り物ご飯にレタス、カップスープで朝ごはんの完成。その一連の動作におれは目を見張り感心するしかない。

 

 

「おじさん、普段ろくなもの食べてないんじゃないの? こんなんでいいかな…」

「う、うむ…」

美味しそうに食事する少女を見ながら、おれは頭を悩ませた。昨夜、この少女を拾ってきた。そして、この部屋で一晩を共にしたのだ。未成年者略取の罪?

「娘! まだお前の名は聞いておらんな? 見たところ、まだ15〜16の女子ではないか。こんなとこ連れて来てしまった責任がわしにはある。説教くさいことは云いたくないが、お前は何処から来た。親御さんは心配しておらんのか?このままというわけにはいかん」

「うん、そのうち話すよ。おじさんには絶対迷惑かけない…」

「そのうちと云っても、いつまでもここに置いておくわけにはいかぬ。そうでないと見知らぬ少女を連れ回す不審者と思われ、わしは役人にしょっ引かれてしまう。話してくれぬと町奉行所にお前を引き渡すしかないのだぞ…」

「それもそうだよね。わたし、、プチ家出してきただけだから、あと1〜2日したら帰るから、それまでここに置いて。誰にも言わないでほしいの。ね?」

「本当じゃな!ウソではないな? ならば数日はゆるりとしておればよい」

「ありがとう。わたしの名前はチグサ、“千草” って書くんだ。上の名前はナスノ、“那須野” って書くんだ。栃木県那須郡出身。身元を言えば信用してくれるよね?安心でしょ」

「千草(チグサ)か? 良い名じゃな」

おれは頭の中でもう一度少女の名を繰り返してみた。那須野千草、???
ナスノチグサ、、 栃木県那須郡 …。
おれは遠い日のことを思い出す。

「チグサ、お前に姉はおるのかな?」

「ええ!いるよ。なんで知ってるの?」

「まさかとは思うが、姉の名はカオリではあるまいな?」

「そうだよ! わたし言ったっけ? お姉ちゃんの名前は香織(カオリ)。とっても優しくてわたしと仲がいいんだよ」

ナスノカオリとナスノチグサ。
長い競馬歴を誇り、多くの名馬を見てきたおれであっても、この名前を姉妹のことを忘れるはずはない。特に妹であるナスノチグサという名牝には思い出がある。

1973年、府中競馬場で行われた第34回オークス。私は生まれて初めて勝馬投票券なるものを買った。とは言ってもまだ中学生である故買えるはずもなく、ウマ好きの叔父に200〜300円渡して買ってきてもらったのだ。ナスノチグサの単勝馬券。それに見事彼女は応えてくれた。大した利益ではなかったかもしれないが、馬券初体験の中学生にとっては大事件でありその二年前の桜花賞で優勝したのはチグサの姉、ナスノカオリなのだ。中学生だったおれは、この美人?姉妹のロマンにいたく感動したものだった。

昨日、中山競馬場でミラク万馬券を的中させると、その帰り道のオケラ街道でおれはこの少女を拾った。

少女の名前はナスノチグサ。

これは単なる偶然なのだろうか? 
おれはまじまじと少女の顔を見つめた。

「おじさん、何を考えてるの?」

チグサ、、 お前は現実なのか?
少女はいったい何者なのだろうか…。

(続 )

 

妄想•オケラ街道の少女

 

目覚まし代わりのラジオからパーソナリティーの騒がしい声が聴こえてきた。
朦朧とした意識の中、おれは違和感を覚えそっと目を開けた。

???  飛び起きた!

同じ布団の中に女が、否、少女がスヤスヤと眠っているからだ。
(この娘は誰なんだ?)
微かな記憶はある。おれは昨夜のことに頭を巡らす。土曜開催の中山競馬場、すっからかんになりそうな程負け続けた。
3万近くすってしまったかもしれない。ヤケクソになったおれは、最終レースで人気薄の三連単馬券を300円×5点買った。
ローリスク・ハイリターンばかり狙い金を溝に捨てるばかりのおれは馬券下手。
そんなおれにも、稀に競馬の神様が舞い降りてくることがある。5点買った中の1点が的中、何と15万馬券である。
(300円買ったから、、よ、よんじゅうごまんえん? ひえぇ〜!)
一瞬にしておれの懐は潤い大金持ち。

現実に戻る。
少女がおれをじっと見つめている。どうやら目が覚めたようだ。しばらく睨み合っていると少女はニコッと笑った。

「おい娘、お前は何奴じゃ!どうしてここにおる? 胡乱な奴め…」

(おれは、何故こんな時代劇の殿様みたいな喋り方をしているのだ?)

「ええ〜! おじさんがここに連れてきたんじゃん。覚えてないの?」

記憶が蘇ってきた。
中山競馬場で大儲けしたおれは、颯爽と胸を張ってオケラ街道を西船橋に向かって歩いていた。いつもの馬券敗残者たるおれならば、この街道は両手をズボンのポケットに突っ込み肩をすぼめトボトボ歩いているのだが、矢吹ジョーが泪橋を逆に渡ったように、おれはオケラ街道を逆に歩いている気分だった。

すると、道端にこの少女がいた。ディズニー映画の子鹿のバンビのように痩せ細り膝を抱え蹲っている。おれは面倒事は御免なのでチラッと横目で少女に目をくれてやるだけで通り過ぎた。通り過ぎながらも気になったので、振り返ると少女がおれの方をジッと見つめている。
いつものおれならば(なんだ、こいつ…)と思うだけでそのまま行ってしまうだろう。
その時のおれはウマで大儲けしたこともあり心に余裕ありフットワークも軽い。まるでポン引きのような足取りで少女が蹲っている処へ戻った。

 

 

「そこの娘、そんなところで何をしておる のじゃ。高校生か?中学生か? 悪い男に拐かわされても知らぬぞ、、」

怯えたような表情で、少女は不安そうにジッとおれを見つめている。

「安心せい!わしは町奉行ではない。おまえのような小娘がそんなところで震えておれば心配ではないか…」

肩を震わせ、こんなオケラ街道の道端で不安そうに屈み込んでいる少女。
おれはそれを見て打ち捨てられた子猫を連想した。家出少女なのだろうか?

「ワハハハ!お前はよく食うのう。若い娘はそうでなくてはいかん」

その後、おれは少女を蕎麦屋に連れて行った。聞けば昨夜から何も食べていないらしくお腹が空いているというのだ。
“焼き肉でも食うか、それとも寿司か?”
と誘うと少女は首を振り「知らないおじさんに、そんな…。でも、わたし、親子丼が食べたい!」と、安上がりのことを言うのだった。余程空腹だったのか? 少女は親子丼の他に狐うどんも注文した。
おれはそんな少女を眺めがら、盛り蕎麦を肴に日本酒を飲みほろ酔い。

少女はなぜあんなところで膝を抱え一人震えていたのか? しかし、個人的な事情を聞いても決して口を開かない。おれはしつこくプライベートなことを詮索するような野暮な男ではない。少女の好きな音楽や映画の話を聞くと目が輝いた。どうやら気を許してくれたようだ。

「お腹は一杯になったかな? 時間も遅くなっておる。親御さんも心配しておるじゃろう。早く帰るのだぞ」

店を出るとおれは少女にそう声をかけ別れようとした。これ以上こんな正体不明の女の子に関われば、どんな厄介事に巻き込まれるか分かったもんじゃない。後ろ髪を引かれる思いで手を振った。

「おじさん、今日はありがとう。また近いうちに大きな馬券が当たると思うよ」

(なぜ、この少女はおれが馬券が当たったことを知っているのか? そんなこと一言も喋ってはいないはずだ)

夜の街にトボトボと去っていく少女の後ろ姿を見送った。それを見て、おれは内奥から胸を締め付けられるような言い知れぬ感情が込み上げてきた。こんな少女を夜の街に一人放っておいていいのか?

「おい娘、待て! お前に帰る家はあるのかな。 まさか、家を飛び出して行く宛もないのではあるまいな?」

前夜の回想から再び現実に戻る。

おれは昨夜、この謎の少女をオケラ街道で拾ってきたのだ。

(続)

ゴースト・タウン

この辺りでたまに一人飲みしていた。
若い頃サーファーだったことを語りたがるマスター経営の純喫茶はなくなった。ブックオフは潰れ小さいマンションが代わりに建った。ライスカレー推しのちょっぴり怪しく暗いけど安い立ち飲み屋は貴重だったのに滅びてしまった。
ここは草加市内のある駅前商店街があった場所です。

駅前開発ですよ。

 

静寂、散り際の美…。
滅びの美学というのだろうか?

紛れ込むと神隠しに遭いそうな路地裏。つげ義春の漫画に出て来そうな怪しい人々がヌエのようにごろついている。
(こんな奴らのようにはなりたくない)
そう思っていても何故か居心地が良い。

「お兄さん、遊んでいかない?」

真っ赤な口紅を塗った得体の知れないケバい中年女に声をかけられた。
(お兄さんだって? おれはオヤジだぞ)
目を合わすと何処までも着いてくるかもしれない。面倒くさいので苦笑いを浮かべながら私はシカト素通りだ。

いかにも昭和商店街風情の八百屋さん。
あの威勢のいいおじさんはどうした?
ああいう呼び込みは天然記念物だったのに文化?の損失だと思う。
細々とだったけど、昔ながらの魚屋さんもあったのです。
客が入っているところをあまり見たことがないラーメン屋もあった。あれで20年以上もどうやって経営出来たのだ?
電信柱には「骨つぎ」の看板。

 


 
みんな、みんな、、絶滅だな。

埼玉のくせに、草加のくせに、ここはどう開発するのだろうか?
オシャレタウンは似合わないぞ。
(街の名誉もあり駅名は伏せておきます。分かる人にはわかりますね)

未来はどうなるのだろうか?

日本は衰退し朽ちてゆく未来。
「現代のスクラップ」にならねばいいのだが。否、私の肉体は滅びゴーストになっているがきっと美しく変貌するだろう。