オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想•オケラ街道の少女

 

目覚まし代わりのラジオからパーソナリティーの騒がしい声が聴こえてきた。
朦朧とした意識の中、おれは違和感を覚えそっと目を開けた。

???  飛び起きた!

同じ布団の中に女が、否、少女がスヤスヤと眠っているからだ。
(この娘は誰なんだ?)
微かな記憶はある。おれは昨夜のことに頭を巡らす。土曜開催の中山競馬場、すっからかんになりそうな程負け続けた。
3万近くすってしまったかもしれない。ヤケクソになったおれは、最終レースで人気薄の三連単馬券を300円×5点買った。
ローリスク・ハイリターンばかり狙い金を溝に捨てるばかりのおれは馬券下手。
そんなおれにも、稀に競馬の神様が舞い降りてくることがある。5点買った中の1点が的中、何と15万馬券である。
(300円買ったから、、よ、よんじゅうごまんえん? ひえぇ〜!)
一瞬にしておれの懐は潤い大金持ち。

現実に戻る。
少女がおれをじっと見つめている。どうやら目が覚めたようだ。しばらく睨み合っていると少女はニコッと笑った。

「おい娘、お前は何奴じゃ!どうしてここにおる? 胡乱な奴め…」

(おれは、何故こんな時代劇の殿様みたいな喋り方をしているのだ?)

「ええ〜! おじさんがここに連れてきたんじゃん。覚えてないの?」

記憶が蘇ってきた。
中山競馬場で大儲けしたおれは、颯爽と胸を張ってオケラ街道を西船橋に向かって歩いていた。いつもの馬券敗残者たるおれならば、この街道は両手をズボンのポケットに突っ込み肩をすぼめトボトボ歩いているのだが、矢吹ジョーが泪橋を逆に渡ったように、おれはオケラ街道を逆に歩いている気分だった。

すると、道端にこの少女がいた。ディズニー映画の子鹿のバンビのように痩せ細り膝を抱え蹲っている。おれは面倒事は御免なのでチラッと横目で少女に目をくれてやるだけで通り過ぎた。通り過ぎながらも気になったので、振り返ると少女がおれの方をジッと見つめている。
いつものおれならば(なんだ、こいつ…)と思うだけでそのまま行ってしまうだろう。
その時のおれはウマで大儲けしたこともあり心に余裕ありフットワークも軽い。まるでポン引きのような足取りで少女が蹲っている処へ戻った。

 

 

「そこの娘、そんなところで何をしておる のじゃ。高校生か?中学生か? 悪い男に拐かわされても知らぬぞ、、」

怯えたような表情で、少女は不安そうにジッとおれを見つめている。

「安心せい!わしは町奉行ではない。おまえのような小娘がそんなところで震えておれば心配ではないか…」

肩を震わせ、こんなオケラ街道の道端で不安そうに屈み込んでいる少女。
おれはそれを見て打ち捨てられた子猫を連想した。家出少女なのだろうか?

「ワハハハ!お前はよく食うのう。若い娘はそうでなくてはいかん」

その後、おれは少女を蕎麦屋に連れて行った。聞けば昨夜から何も食べていないらしくお腹が空いているというのだ。
“焼き肉でも食うか、それとも寿司か?”
と誘うと少女は首を振り「知らないおじさんに、そんな…。でも、わたし、親子丼が食べたい!」と、安上がりのことを言うのだった。余程空腹だったのか? 少女は親子丼の他に狐うどんも注文した。
おれはそんな少女を眺めがら、盛り蕎麦を肴に日本酒を飲みほろ酔い。

少女はなぜあんなところで膝を抱え一人震えていたのか? しかし、個人的な事情を聞いても決して口を開かない。おれはしつこくプライベートなことを詮索するような野暮な男ではない。少女の好きな音楽や映画の話を聞くと目が輝いた。どうやら気を許してくれたようだ。

「お腹は一杯になったかな? 時間も遅くなっておる。親御さんも心配しておるじゃろう。早く帰るのだぞ」

店を出るとおれは少女にそう声をかけ別れようとした。これ以上こんな正体不明の女の子に関われば、どんな厄介事に巻き込まれるか分かったもんじゃない。後ろ髪を引かれる思いで手を振った。

「おじさん、今日はありがとう。また近いうちに大きな馬券が当たると思うよ」

(なぜ、この少女はおれが馬券が当たったことを知っているのか? そんなこと一言も喋ってはいないはずだ)

夜の街にトボトボと去っていく少女の後ろ姿を見送った。それを見て、おれは内奥から胸を締め付けられるような言い知れぬ感情が込み上げてきた。こんな少女を夜の街に一人放っておいていいのか?

「おい娘、待て! お前に帰る家はあるのかな。 まさか、家を飛び出して行く宛もないのではあるまいな?」

前夜の回想から再び現実に戻る。

おれは昨夜、この謎の少女をオケラ街道で拾ってきたのだ。

(続)