オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

千の天使がバスケットボールする。

 

記憶というものは遠くなるに従い、それは後付の記憶も混じり大袈裟に夢かうつつか判断に困るものがある。


まだ20代半ば40年程むかしのこと。

真夏、暑い日だった。

池袋のビヤホール(ライオンか?)にて友人3人と飲んでいると独逸人のグループだろうか? 陽気に愉快そうに騒いでいたのは間違いない記憶。
ここからは後付の記憶が混じっているかもしれないが、そのグループの中にスタン・ハンセン(に似た大男)がいたような気がする。彼らは腕を組んでグルグルまわるフォークダンスを踊りながら乾杯している(これは後付記憶)。

おれたち3人もしこたま飲んだ。
帰りに赤羽のスナックのような処でだるまウヰスキーを一本開けた。ベロンベロンに酔った3人は赤羽ホームで別れる(当時埼京線はなく赤羽線)。
独り暮らしの安アパートに戻ると扇風機を全開に着ているものも全部脱ぎ捨てあっという間に入眠す。

暑い、暑い、暑い!
(貧しい故クーラーはない)


朝になる。


鈍い日が照ってて 風がある。
 千の天使が バスケットボールする。 
 (中原中也「宿酔」より)
 

二日酔いのおれは全裸だ。
窓という窓も全開で眠ってしまったようだ。皮膚に蚊に刺された跡がある。
2階の窓から全裸のまま外を眺めると熱いトタン屋根の上に猫がいて私に向かってニャアと鳴いた。

朝の光が眩しい。

ジグザグに交錯した旭光が二日酔いのおれを襲ってくる。
これが千の天使の正体なのか?
奴らが “バンバンバン” と、バスケットボールをドリブルする音がおれの頭の中に鳴り響く。

うう、、頭が痛いんだが...。

千の天使がバスケットする?

二日酔いの比喩表現。
中原中也は天才なのだろうか?
小心者で酒癖の悪いダメ人間である中也におれは親近感を抱いている。
勿論、当時のおれは中也の「宿酔」という詩の存在は知らない。

暑くて暑くて、千の天使が騒いで頭も痛いし、こんな陰気な部屋に籠もっていたら発狂しそうだ。

まずはパンツを穿こう。

とにかく馬券買いに行かねばならぬ。
夏競馬は府中も中山も開催しておらず
後楽園か浅草にしようか迷う。

昨夜の酒が残っていて気持ち悪い。
それでもお腹は空く。

安アパートから西川口駅に向かう道は殺風景だ。西口はリトル歌舞伎町とも謂われソープランドが立ち並ぶ怪しい彩りの街だが、東口側は何もない。

おれは産業道路沿いの吉野家に入る。
汁だくの大盛り牛丼が旨い。

どうやら、千の天使はドリブルしながら遠くに去ったようだ。

おれは駅のKIOSKで競馬新聞を買うと水道橋に向かった。

買ったウマがまた裏切りやがった。

水道橋の雑踏を不機嫌そうに歩いているとプロ野球ファンが騒いでいる。
今夜は巨人vs阪神か?
先発は江川かな?西本かな?

そんなことはどーでもいい。
馬券も外れお金もなく早く帰ろう。

西川口に戻るとスーパーで唐揚げ弁当&ビールを買い部屋に戻った。

この部屋暑いんだよ莫迦

テレビを点けるとサザエさん

おれはどんなにサザエさんがドジを踏んでも心からは笑えない。

会社行きたくねえなァ~!

サザエさん症候群に陥っているのだ。

銭湯にでも行こうかな?

風呂上がりに弁当を肴に缶ビールを数本飲んだ。

千の天使が戻ってきた。
今は大人しくしているが、そのうちにバスケットボールするだろう。

ええ~い! 面倒くせえ。
ダンクシュートしやがれ!


「あの、、ちょっと頭痛が...」

そうウソ電話をして明日は会社休んでしまおう。
そんなことを考えるおれがいた。