オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

炎天下!おれと並んで歩くな。

炎天下のジリジリと照り付ける太陽から身を守るため、おれは日陰で自動販売機で買ったオロナミンCドリンクをゴクゴク飲んでいた。
大村昆のホーロー看板とにらめっこしていると『番頭はんと丁稚どん』『頓馬天狗』の記憶が甦る。

「こんにちは~!♪」

「え? あ、ああ、こんちは...」

見たこともない爽やか青年が、最高に明るい笑顔で挨拶してきた。

面倒くせーな! 向こうへ行けよセーネン。おのれは誰やねん?
おれは心の中でインチキ関西弁を交えながら、この爽やか青年の出現に、警戒信号をウルトラマンのカラータイマーのようにピコピコと点滅させた。

経験上、いきなり知らない人に話しかける奴はろくでもない。
大抵はキャッチセールス? 自己啓発セミナー? 宗教? こいつらは、街娼やポン引きよりたちが悪いのだ。

案の上、爽やかセーネンは意味不明のことを言ってきた。
日本がどーだの、健康がどーだの、海外はあーだのこーだの...。

なんで、見ず知らず初対面のアンタと日本の将来について話さなきゃならんのだ? ほんと、面倒くせーな。

「悪いけど、、それ宗教なのかな? だったら無駄だよ。おれ、そーいうの大嫌いだから...」

やや強い口調、セーネンは諦めて向こうへ行くと思ったのだが、彼は嬉々として言い返してきた。

「いえいえ、宗教じゃありません。もう一度説明しますよ!あーだこーだ」

しまった!と思った。
どこの怪しい団体か、ブラック企業だか知らないが、こいつら洗脳された薄らヴァカだから、何を言ってきても反論しちゃダメだ。相手にするな!
無視!黙殺!シカトが一番なのだ。

おれはこの日陰にしばらくいたかったのだが、そのセーネンから逃れるようにギラギラ太陽の中歩き出した。

ギラギラ太陽が ♪
  燃えるように♪
    はげしく火を吹いて♪

あまりにも暑いので、おれは安西マリアの『涙の太陽』を脳内で口ずさんでいた。それにしても暑い...。

背後に人の気配がする。
あの爽やかセーネンである。

“ おれの背後を歩くんじゃねぇ!”

デューク東郷の台詞だったかな?
そんな心境だったのだが、内心、その爽やかセーネンのしつこさに、動揺していた。心を掻き乱された。

「暑いですね。どうですか? そこらの喫茶店で涼んでいきませんか?」

背後を歩いていたセーネンは、おれと並んで歩きやがった。
茶店? かわいい娘とだったら考えないでもないが、おのれのような五月蠅いヤングボーイとはゴメンさ。。。

ふと、昔のことを思い出した。
あれは高校卒業したばかりで、世間知らずの19才だったと記憶する。

川口駅前できれいな女子大生風のお姉さんに声をかけられたことがある。
彼女は俗世に染まっていないシャイなおれを言葉巧みに喫茶店に誘った。
それは、赤子の手を捻るほど簡単だったかもしれない。
そして、危うく高額の英会話教材を買わされそうになったのだ。

爽やかセーネンは、いくら無視しても諦めずおれに話しかけながら並んで歩いてくる。
小走りに逃げるのは負けたようで抵抗があり、かと言って怒鳴るのはみっともない。面倒くせえな。

そのままおれは交番に向かい、お巡りさんに言った。
「ストーカーされてるんですが...」

セーネンは自分が悪いことをしているなんて露ほども思っていず、正しいことだと思っているのだろう。
お巡りさんに爽やかに自分がストーカーではないことを主張していた。
おれはその隙に帰った。

何の選挙か忘れましたが、街のあちこちに選挙ポスターが貼ってあった暑い夏の日でしたね。
20年以上前のことでした。


昨日、今日と暑くて、参院選前ということもあり、思い出したのです。