オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想・オケラ街道の少女 (2)ナスノチグサ。

 

https://okeraman.hatenablog.com/entry/2023/10/25/010126

からの続き

 

ここは自宅。
この少女を連れて電車で帰ったようだ。
ベッドから出た少女の姿を見ておれはホッとした。ブルー・ジーンズに長袖の白シャツ。昨夜オケラ街道で蹲っていた時と同じシンプルな格好。おれも部屋着のジャージと半袖のシャツを身に着けている。

「娘! 昨夜はすぐに眠ったのかな。何故わしと一緒の布団に入っておった?」

天地神明に誓って、おれはこんな少女に悪戯するような破廉恥な男ではない! 
そうは思っても昨夜の記憶が曖昧なのだ。
“未成年者淫行” という言葉が頭の中を駆け巡った。それに誘拐ではないのか?

「おじさんが、わたしに行くところがないなら着いて来なさいって。部屋に着いたらおじさんお酒飲んでそのまま寝ちゃったんだ。ベッドまでわたしが引きずって運んであげたの。重かったからわたしも疲れちゃって隣で眠ったの…」

「うむ! ならば、わしはお前に何も変なことはしておらんのだな?」

「ええ! そんなことしたら、酔払ってるおじさんをぶん殴って、蹴飛ばしてボコボコにしてここから逃げてたよ。おじさんすごく良い人に見えたから…」

「ワハハハ! そうか、そうか。とは言っても、いくら良い人に見えても、知らぬ男に着いて行くのは感心できん…」

「そんなことぐらい分かってるよ。でもおじさんは特別。むかしから知っているような気がしたんだ…」

(むかしから? 特別?)

時間も午前10時を過ぎていたのでゴソゴソと冷蔵庫をかき回した。おれのようないい加減な食生活を送っている男に気の利いた食材はなく少女に何を食べさせようか?と、考え込む。

「おじさん、私が作るから」

少女は冷蔵庫から卵を取り出すと、それを手際良く溶きフライパンにぶち込むとあっという間にオムレツになる。残り物ご飯にレタス、カップスープで朝ごはんの完成。その一連の動作におれは目を見張り感心するしかない。

 

 

「おじさん、普段ろくなもの食べてないんじゃないの? こんなんでいいかな…」

「う、うむ…」

美味しそうに食事する少女を見ながら、おれは頭を悩ませた。昨夜、この少女を拾ってきた。そして、この部屋で一晩を共にしたのだ。未成年者略取の罪?

「娘! まだお前の名は聞いておらんな? 見たところ、まだ15〜16の女子ではないか。こんなとこ連れて来てしまった責任がわしにはある。説教くさいことは云いたくないが、お前は何処から来た。親御さんは心配しておらんのか?このままというわけにはいかん」

「うん、そのうち話すよ。おじさんには絶対迷惑かけない…」

「そのうちと云っても、いつまでもここに置いておくわけにはいかぬ。そうでないと見知らぬ少女を連れ回す不審者と思われ、わしは役人にしょっ引かれてしまう。話してくれぬと町奉行所にお前を引き渡すしかないのだぞ…」

「それもそうだよね。わたし、、プチ家出してきただけだから、あと1〜2日したら帰るから、それまでここに置いて。誰にも言わないでほしいの。ね?」

「本当じゃな!ウソではないな? ならば数日はゆるりとしておればよい」

「ありがとう。わたしの名前はチグサ、“千草” って書くんだ。上の名前はナスノ、“那須野” って書くんだ。栃木県那須郡出身。身元を言えば信用してくれるよね?安心でしょ」

「千草(チグサ)か? 良い名じゃな」

おれは頭の中でもう一度少女の名を繰り返してみた。那須野千草、???
ナスノチグサ、、 栃木県那須郡 …。
おれは遠い日のことを思い出す。

「チグサ、お前に姉はおるのかな?」

「ええ!いるよ。なんで知ってるの?」

「まさかとは思うが、姉の名はカオリではあるまいな?」

「そうだよ! わたし言ったっけ? お姉ちゃんの名前は香織(カオリ)。とっても優しくてわたしと仲がいいんだよ」

ナスノカオリとナスノチグサ。
長い競馬歴を誇り、多くの名馬を見てきたおれであっても、この名前を姉妹のことを忘れるはずはない。特に妹であるナスノチグサという名牝には思い出がある。

1973年、府中競馬場で行われた第34回オークス。私は生まれて初めて勝馬投票券なるものを買った。とは言ってもまだ中学生である故買えるはずもなく、ウマ好きの叔父に200〜300円渡して買ってきてもらったのだ。ナスノチグサの単勝馬券。それに見事彼女は応えてくれた。大した利益ではなかったかもしれないが、馬券初体験の中学生にとっては大事件でありその二年前の桜花賞で優勝したのはチグサの姉、ナスノカオリなのだ。中学生だったおれは、この美人?姉妹のロマンにいたく感動したものだった。

昨日、中山競馬場でミラク万馬券を的中させると、その帰り道のオケラ街道でおれはこの少女を拾った。

少女の名前はナスノチグサ。

これは単なる偶然なのだろうか? 
おれはまじまじと少女の顔を見つめた。

「おじさん、何を考えてるの?」

チグサ、、 お前は現実なのか?
少女はいったい何者なのだろうか…。

(続 )