昼近く、ポツリと雨が降ってきた 。
それはザーザー降りとまではいかないが、次第に烈しくなってゆく。おれは窓を開けると空を見上げながら考える。
昨日は10年に一度あるかないかのウルトラ万馬券を当てた。その勢いのまま、今日も勝負するつもりだ。又、中山に行こうか、それとも浅草場外? しかし生憎の雨。出掛けるのも億劫なのでグリーンチャンネル観戦、馬券はネットで買おうと決め込む。
「おじさん、雨が降ってきたけど、今日も出掛けるの?」
「うむ! チグサのように、わしは若くはないからの。部屋でゆるりとするつもりじゃ。お前は? 構ってはやれぬぞ…」
冷蔵庫から無糖ビールとざく切りキャベツを取り出すとリビングのソファーに腰掛ける。競馬新聞と蛍光ペン、スマホをテーブルの上に置くとテレビに目をやった。チグサはスナック菓子と烏龍茶を飲みながら雑誌を見ている。時折チラっとテレビに目をやるが、興味なさそうに雑誌に目を戻すと眠そうな表情になる。
「チグサ、わしのような爺とこんな部屋にいて辛気くさいと思わんのかな?」
そんなおれの言葉を無視するように、チグサはテレビ画面を凝視している。そして、目を輝かせながら徐に言った。
「おじさんこのレース荒れるよ。この馬と、この馬で絶対に決まるから買って!」
チグサはテレビ画面のパドックに映る2頭の馬を指差しながら言う。見れば、人気薄の2頭。どう考えても来る訳がない。馬番は②ー⑥、今日は26日なのだ。これだから素人は困る。おれは一笑に付す。
「本当に来るよ、 信じておじさん。1万円1点勝負してみて。お願いだから、ね!?」
「1万円じゃと? 戯れるにも程があるぞ…」
それでもチグサの真剣な表情は尋常ではなく、押されるまま、金を溝に捨てるつもりで②ー⑥ 馬券を千円だけネット投票。昨日は大万馬券を獲ったのだから金はある。1万円位どうってことはないのだが、ド素人の女の子の言うまま買ってしまうのはおれの美意識が赦さない。
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数十分後、おれは自分の目を疑った。
1着②番 2着⑥番 馬連②ー⑥である。
「に、にひゃく、ご、ごじゅう、、倍? チグサ! どうして分かった? まさか、お前は魔女、否、妖(あやかし)ではあるまいな」
わなわな震えながら立ち上がったおれを、チグサは嬉しそうに見ている。彼女の言う通り1万投資していれば250万になっていた。それでも25万なのだから2日間で65万もの回収金を得たことになる。おれはこの少女に恐怖にも似た感情を抱いた。
「わたしね、誰にも言ったことないけど、競馬を観ているとたまにピンとくるお馬さんがいるんだよ。そのお馬さんは必ず勝つんだ。教えたのはおじさんが初めて、良かったね!」
「そんなわけにはいかぬ!これはお前が当てたのじゃ。大切に貯金するのじゃぞ。良いな?」
「ええ!わたし、お金なんかいらない…」
「むむむ! 何を言うかチグサ!」
夕方、空腹を感じたので近くのコンビニで弁当と簡単な惣菜を買ってきた。少女を連れ回す不審者と思われるのは面倒なのでチグサは部屋に待たせ一人で行った。雨は止んでいた。
「こんな弁当で良かったかな?」
「ああ、、美味しそう。でも、おじさんは自分の分買わなかったの?」
「若い娘がそんなこと気にするな!わしは酒あれば、チクワとキューリで充分じゃ」
「おじさん、もっと良いもの食べた方がいいと思う。それにお酒飲み過ぎだよ…」
チグサは心配そうにおれの顔を覗き込むが、どうしても気になることがあった。
「チグサ、お前はいくつなのじゃ?それに、栃木の那須郡出身と言っておったな? ならば、那須野牧場を知っておるな? そこに、昔、ナスノチグサというお前と同姓同名の馬がおったことは知っておったか?」
「うん。わたしはもうすぐ15才。ナスノチグサっていうお馬さんがいたってことは聞いたことある。強かったんだってね? 確か、すごい人気のあったハイセイコーっていうお馬さんと同期だったって聞いた…」
言葉では説明出来ない妙な感覚が襲う。
「チグサは15才か? 中学生じゃな。学校へ行かんでいいのか? 受験もあろうに…」
「・・・・・・」
黙っているチグサ。
そして、強烈な既視感(デジャヴュ)。
あの日のおれと、今のチグサは同じ歳。
「ハイセイコー先頭!内からイチフジイサミ、外からタケホープ!」
あれから50年が経ったのだ。
チグサよ!
お前はあの頃のおれなのか?
(続く)