オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想•オケラ街道の少女(4)振り向くな 後ろには夢がない。

 

チグサは不思議な少女だ。
年齢より大人びた印象を受けるが旨そうに弁当を食す姿はあどけなさも残る。

 

フラッシュバック!

50年前のおれはチグサと同じ15才。

おれは茶の間に教科書と辞書、参考書を持ち込みテレビの前に座った。

ドキドキしていた。その日は第40回日本ダービーがあるからだ。小学生時代から競馬に興味を持っていたおれを母は顔を顰めて見ている。競馬は賭博であり将来を心配してのものだろう。

ハイセイコー敗れる!

おれはこの馬に夢をかけていた。前年に大好きだったアカネテンリュウが引退するも、新たなマイヒーロー、イシノヒカル菊花賞有馬記念を連勝。

しかし、その後に故障発生、、、競馬に興味を失いかけていた矢先にやってきたのが怪物ハイセイコーだった。

おれはショックのあまりテレビのチャンネルを回した。すると、欽ちゃんと二郎さん(コント55号)の、旺文社の参考書薔薇シリーズのCMがやっていた。茶の間に持ち込んできたおれが愛用していた参考書。

なぜ、薔薇シリーズなんてマイナー?な参考書を愛用していたのだろう? 翌年は受験を控えていた。部活ばかりでろくに勉強をしていなかったおれは、志望校に入れるかどうか?焦っていた。まぁ、今考えると有名進学校ならともかく、並の高校なら参考書より教科書を徹底的に勉強した方が効率的だとは思う。

なぜか、おれはハイセイコーが敗れたシーンと薔薇シリーズが重なる。受験期の鬱々していた象徴的心象風景だ。

 

 

ふりむくと

一人の受験生が立っている

彼はハイセイコーから挫折のない

人生はないのだと教えられた

(寺山修司)

 

「チグサ! お前も中三ならば来年は高校受験が控えておるじゃろう。 日々勉学に励んでおるのかな?」

 

「う、うん。どうしようかな…」

 

「家出して、こんな処で気楽に弁当食べておる身分ではないぞ。学校に行かんでいいのか? それに、1〜2日したら帰ると言っておったな? 親御さんも心配しておる。明日は帰るのじゃぞ!」

 

「そうだね…」

 

チグサの表情に胸を打たれた。

 

おれはチグサに残酷なことを言ったのかもしれない。チグサには帰るべき家なんてないのかもしれない。ふと、そんな気がしたからだ。

 

チグサの考え込んでいる様子を見て話題を変えようと思った。焼酎黒霧島水割りを飲みながらどんな話題がいいのか?思案する。60代も半ばになるとどうしてもトレンドに疎くなる。

 

「おじさん! お酒飲みすぎだって言ったでしょ? そんなに痩せちゃって、死んだって知らないからね…」

 

痩せちゃって???

何故おれが痩せたってことを知っているんだ? 今日の競馬での予言といい不思議な女の子だ。

 

「チグサ! 何故わしが痩せたことを知っておる? お前とは昨日が初体面ではないか。それに、今朝、お前はわしのことをむかしから知っておるような気がする、、と言っておったな?」

 

チグサは意味ありげな目をおれに向けたがそのまま押し黙ってしまう。

 

「チグサよ、わしは他者の心内にズカズカ踏み込む野暮な男ではないが、これも縁じゃ。家出してきた理由を教えてくれぬか。 まさか、帰る家がないわけではあるまいな?」

 

フッと、、チグサの姿が気体のように薄くなったような気がした。

これは現実なのか? チグサはおれが見ている幻覚ではないのだろうか?

 

チグサは何も答えずそのままテレビを眺めていた。NHK大河ドラマである。

それに目をやるとおれは不思議な感覚に陥り立ち上がった。

 

「どうしたの? おじさん…」

 

「お前は何も言わぬが、わしのことをおかしいと思わんのか?」

 

「どうして?」

 

「このテレビに映るサムライみたいな言葉遣いするわしをじゃ! 今は令和の時代じゃ、宝暦や明和の時代じゃないのだぞ。変と思わんのか?」

 

「あはは!おじさん昔から変だもん」

 

考え込んでいるように見えたチグサが楽しそうに笑ったのに少し安心した。

でも、昔から「変」ってどういうことだろうか? まだ15のチグサにとって昔とは何年位前のことを指すのだろうか?

 

不思議なことばかりだ。

何か目に見えない異界からの力が働いているとしか思えない。

しかし、幻覚では決してない!

おれはチグサにどんどん感情移入してゆくのを自覚するも怖くもあった。

 

チグサは、本当に明日帰るのだろうか?

このままというわけにはいかない。

帰らなければ警察に届け出ようとも考えるが、それは決してしてはいけないような気もする。

 

面倒くさいことになった…。

 

もし帰らなければ、拾ってきたオケラ街道に捨ててくるしかない。

 

チグサはおれの分身なのだろうか?

 

「私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである」(寺山修司)

 

続く