■その① ババア。
スーパーの駐車場でカロリーゼロのペプシを飲んでいると、向こうの方から変な、否、妙なババアがやってくる。
ババアは70過ぎか? 幾分足を引きずり不機嫌そうに真っ直ぐこっちに向かって来る。いやぁ~な予感がする。
ババアはおれの車の前で歩みを止めその周囲をまわり観察?すると、鞄の中からジャポニカの学習帳を取出しナンバープレートをメモしている。
「な、何をしているんですか?」
車から降りおれはババアに言った。
ババアは「うぅうぅぅ」と、妙な唸り声を上げながら立ち去った。
おれは変なのに絡まれなくて良かったと思い、ほっとしながら車中に戻ると立ち去るババアの後ろ姿をしばらく眺めていた。足を引きずり身体がやや傾きながら歩いている。
目の先のババアが立ち止まった。
そして踵を返しこちらに戻って来る。先程より恐ろしい顔。鞄を放り投げババアは完全に鬼婆化し、猛牛のように鼻息立てながら凶暴的速さで小走りにおれの車に向かって突進してきた。
ひいいい!
怖くなったおれは慌ててエンジンをかけようとするのだが間に合わない。
ババアは車の前で立ち止まると、そのフロントガラスを ドンッ!と叩いた。
それからタイヤも蹴っている。
おれは怖かったが窓から顔を出し精一杯強い口調でババアに言った。
「止めて下さい! 警察呼ぶよ」
スマホを耳に当て通報する素振りをしながらババアを睨みつけた。
ギロリ!
ナマハゲのような恐ろしい眼光で睨み返されおれは戦意喪失。
なぜかババアは手に雑巾を持っておりフロントガラスを磨きだした。
「あ、、あ、す、すいません...」
案外良い人じゃないか...。
すると、強烈な既視感、デジャブ?
否、何処かで見た顔だな。おれは記憶を辿るが中々思い出せない。
ババアは窓を磨き終えると、車の中のおれに向かってペコリと頭を下げた。
そして足を引きずり身体を傾け何やらブツブツ呟きながら去って行った。
ババアが去ってしばらくしてからおれはやっと思い出した。
“アナタは片野友子(仮名)先生だったんだね? 気付いてやれなかった。だから怒ってたんだろうね。ごめんなさい”
小学校を卒業して以来半世紀ぶりに会った片野先生は足を引きずっていた。
あんなに若くきれいな先生だったのに時の流れはあまりにも残酷だ。
■その②公園
『大阪で生まれた女』ではないが、歩き疲れたウォーキングの帰り、これで遊び歩く(若さ)のも終わりかなと呟いて、自分の姿を(鏡で)眺めながら、痩せたなと思ったら泣けてきた。
冷蔵庫から牛乳と魚肉ソーセージを取り出すと口の中に放り込んだ。
それから何を思ったか?でんぐり返しが出来るかどうか試してみようと思い立った。でも、小さな子供のころと違って大人の自分がでんぐり返しするようなスペースがない。
おれは近所にある小さい公園まで出掛け鉄棒の前に行くと、それを逆手に持ち地面を蹴上げた。あんなに簡単だった逆上がりが中々出来ない。
公園脇にある自治会ゴミ置き場に数人が集まり、逆上がりに苦戦しているおれを指差してゲラゲラ笑っている。
恥ずかしくなったおれは、すごすごと立ち去ろうとした時だった。
「ダメだよ! 途中で諦めちゃ...。いいかい? こうやってやるんだよ」
仲本工事がやってきて見本を見せてくれた。彼はクルクルと地面に落ちることなく連続回転している。
パチパチパチ
小森のおばちゃまが満面の笑みで手を叩いている。こんな真っ昼間なのにおばちゃまはピンクのネグリジェでゴミ出しに来たのか? 派手にも程がある。
「これ、良かったら食べる?」
まるで山下清が食べるような大きなおにぎりを、おばちゃまはレジ袋から取り出すとおれにすすめた。
おれは “子どもじゃないんだが” と思ったが快く頂いた。
おれは鉄棒の後ろにあるベンチに座って、ペットボトルの烏龍茶を飲みながら大きなおにぎりを頬張った。
梅干しが酸っぱいが美味い!
相変わらず仲本工事と小森のおばちゃまは楽しそうに話している。
ポカポカ陽気公園の昼下がり。
小森のおばちゃまと仲本工事、こんな陽気で愉快なふたりを眺めながらおれはおにぎりを食っている。
なんて穏やかな日なのだろう?
これが平和の正体なのだと思う。