オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

妄想•オケラ街道の少女(4)振り向くな 後ろには夢がない。

 

チグサは不思議な少女だ。
年齢より大人びた印象を受けるが旨そうに弁当を食す姿はあどけなさも残る。

 

フラッシュバック!

50年前のおれはチグサと同じ15才。

おれは茶の間に教科書と辞書、参考書を持ち込みテレビの前に座った。

ドキドキしていた。その日は第40回日本ダービーがあるからだ。小学生時代から競馬に興味を持っていたおれを母は顔を顰めて見ている。競馬は賭博であり将来を心配してのものだろう。

ハイセイコー敗れる!

おれはこの馬に夢をかけていた。前年に大好きだったアカネテンリュウが引退するも、新たなマイヒーロー、イシノヒカル菊花賞有馬記念を連勝。

しかし、その後に故障発生、、、競馬に興味を失いかけていた矢先にやってきたのが怪物ハイセイコーだった。

おれはショックのあまりテレビのチャンネルを回した。すると、欽ちゃんと二郎さん(コント55号)の、旺文社の参考書薔薇シリーズのCMがやっていた。茶の間に持ち込んできたおれが愛用していた参考書。

なぜ、薔薇シリーズなんてマイナー?な参考書を愛用していたのだろう? 翌年は受験を控えていた。部活ばかりでろくに勉強をしていなかったおれは、志望校に入れるかどうか?焦っていた。まぁ、今考えると有名進学校ならともかく、並の高校なら参考書より教科書を徹底的に勉強した方が効率的だとは思う。

なぜか、おれはハイセイコーが敗れたシーンと薔薇シリーズが重なる。受験期の鬱々していた象徴的心象風景だ。

 

 

ふりむくと

一人の受験生が立っている

彼はハイセイコーから挫折のない

人生はないのだと教えられた

(寺山修司)

 

「チグサ! お前も中三ならば来年は高校受験が控えておるじゃろう。 日々勉学に励んでおるのかな?」

 

「う、うん。どうしようかな…」

 

「家出して、こんな処で気楽に弁当食べておる身分ではないぞ。学校に行かんでいいのか? それに、1〜2日したら帰ると言っておったな? 親御さんも心配しておる。明日は帰るのじゃぞ!」

 

「そうだね…」

 

チグサの表情に胸を打たれた。

 

おれはチグサに残酷なことを言ったのかもしれない。チグサには帰るべき家なんてないのかもしれない。ふと、そんな気がしたからだ。

 

チグサの考え込んでいる様子を見て話題を変えようと思った。焼酎黒霧島水割りを飲みながらどんな話題がいいのか?思案する。60代も半ばになるとどうしてもトレンドに疎くなる。

 

「おじさん! お酒飲みすぎだって言ったでしょ? そんなに痩せちゃって、死んだって知らないからね…」

 

痩せちゃって???

何故おれが痩せたってことを知っているんだ? 今日の競馬での予言といい不思議な女の子だ。

 

「チグサ! 何故わしが痩せたことを知っておる? お前とは昨日が初体面ではないか。それに、今朝、お前はわしのことをむかしから知っておるような気がする、、と言っておったな?」

 

チグサは意味ありげな目をおれに向けたがそのまま押し黙ってしまう。

 

「チグサよ、わしは他者の心内にズカズカ踏み込む野暮な男ではないが、これも縁じゃ。家出してきた理由を教えてくれぬか。 まさか、帰る家がないわけではあるまいな?」

 

フッと、、チグサの姿が気体のように薄くなったような気がした。

これは現実なのか? チグサはおれが見ている幻覚ではないのだろうか?

 

チグサは何も答えずそのままテレビを眺めていた。NHK大河ドラマである。

それに目をやるとおれは不思議な感覚に陥り立ち上がった。

 

「どうしたの? おじさん…」

 

「お前は何も言わぬが、わしのことをおかしいと思わんのか?」

 

「どうして?」

 

「このテレビに映るサムライみたいな言葉遣いするわしをじゃ! 今は令和の時代じゃ、宝暦や明和の時代じゃないのだぞ。変と思わんのか?」

 

「あはは!おじさん昔から変だもん」

 

考え込んでいるように見えたチグサが楽しそうに笑ったのに少し安心した。

でも、昔から「変」ってどういうことだろうか? まだ15のチグサにとって昔とは何年位前のことを指すのだろうか?

 

不思議なことばかりだ。

何か目に見えない異界からの力が働いているとしか思えない。

しかし、幻覚では決してない!

おれはチグサにどんどん感情移入してゆくのを自覚するも怖くもあった。

 

チグサは、本当に明日帰るのだろうか?

このままというわけにはいかない。

帰らなければ警察に届け出ようとも考えるが、それは決してしてはいけないような気もする。

 

面倒くさいことになった…。

 

もし帰らなければ、拾ってきたオケラ街道に捨ててくるしかない。

 

チグサはおれの分身なのだろうか?

 

「私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである」(寺山修司)

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想•オケラ街道の少女(3)チグサ!お前はあの頃のおれなのか?

 

昼近く、ポツリと雨が降ってきた 。

それはザーザー降りとまではいかないが、次第に烈しくなってゆく。おれは窓を開けると空を見上げながら考える。

昨日は10年に一度あるかないかのウルトラ万馬券を当てた。その勢いのまま、今日も勝負するつもりだ。又、中山に行こうか、それとも浅草場外? しかし生憎の雨。出掛けるのも億劫なのでグリーンチャンネル観戦、馬券はネットで買おうと決め込む。

「おじさん、雨が降ってきたけど、今日も出掛けるの?」

「うむ! チグサのように、わしは若くはないからの。部屋でゆるりとするつもりじゃ。お前は? 構ってはやれぬぞ…」

冷蔵庫から無糖ビールとざく切りキャベツを取り出すとリビングのソファーに腰掛ける。競馬新聞と蛍光ペンスマホをテーブルの上に置くとテレビに目をやった。チグサはスナック菓子と烏龍茶を飲みながら雑誌を見ている。時折チラっとテレビに目をやるが、興味なさそうに雑誌に目を戻すと眠そうな表情になる。

「チグサ、わしのような爺とこんな部屋にいて辛気くさいと思わんのかな?」

そんなおれの言葉を無視するように、チグサはテレビ画面を凝視している。そして、目を輝かせながら徐に言った。

「おじさんこのレース荒れるよ。この馬と、この馬で絶対に決まるから買って!」

チグサはテレビ画面のパドックに映る2頭の馬を指差しながら言う。見れば、人気薄の2頭。どう考えても来る訳がない。馬番は②ー⑥、今日は26日なのだ。これだから素人は困る。おれは一笑に付す。

「本当に来るよ、 信じておじさん。1万円1点勝負してみて。お願いだから、ね!?」

「1万円じゃと? 戯れるにも程があるぞ…」

それでもチグサの真剣な表情は尋常ではなく、押されるまま、金を溝に捨てるつもりで②ー⑥ 馬券を千円だけネット投票。昨日は大万馬券を獲ったのだから金はある。1万円位どうってことはないのだが、ド素人の女の子の言うまま買ってしまうのはおれの美意識が赦さない。

 

 

数十分後、おれは自分の目を疑った。

1着②番 2着⑥番  馬連②ー⑥である。

「に、にひゃく、ご、ごじゅう、、倍? チグサ! どうして分かった? まさか、お前は魔女、否、妖(あやかし)ではあるまいな」

わなわな震えながら立ち上がったおれを、チグサは嬉しそうに見ている。彼女の言う通り1万投資していれば250万になっていた。それでも25万なのだから2日間で65万もの回収金を得たことになる。おれはこの少女に恐怖にも似た感情を抱いた。

「わたしね、誰にも言ったことないけど、競馬を観ているとたまにピンとくるお馬さんがいるんだよ。そのお馬さんは必ず勝つんだ。教えたのはおじさんが初めて、良かったね!」

「そんなわけにはいかぬ!これはお前が当てたのじゃ。大切に貯金するのじゃぞ。良いな?」

「ええ!わたし、お金なんかいらない…」

「むむむ! 何を言うかチグサ!」

 

夕方、空腹を感じたので近くのコンビニで弁当と簡単な惣菜を買ってきた。少女を連れ回す不審者と思われるのは面倒なのでチグサは部屋に待たせ一人で行った。雨は止んでいた。

「こんな弁当で良かったかな?」

「ああ、、美味しそう。でも、おじさんは自分の分買わなかったの?」

「若い娘がそんなこと気にするな!わしは酒あれば、チクワとキューリで充分じゃ」

「おじさん、もっと良いもの食べた方がいいと思う。それにお酒飲み過ぎだよ…」

チグサは心配そうにおれの顔を覗き込むが、どうしても気になることがあった。

「チグサ、お前はいくつなのじゃ?それに、栃木の那須郡出身と言っておったな? ならば、那須野牧場を知っておるな? そこに、昔、ナスノチグサというお前と同姓同名の馬がおったことは知っておったか?」

「うん。わたしはもうすぐ15才。ナスノチグサっていうお馬さんがいたってことは聞いたことある。強かったんだってね? 確か、すごい人気のあったハイセイコーっていうお馬さんと同期だったって聞いた…」

ハイセイコー

言葉では説明出来ない妙な感覚が襲う。

「チグサは15才か? 中学生じゃな。学校へ行かんでいいのか? 受験もあろうに…」

「・・・・・・」

黙っているチグサ。

そして、強烈な既視感(デジャヴュ)。

あの日のおれと、今のチグサは同じ歳。

 

ハイセイコー先頭!内からイチフジイサミ、外からタケホープ!」

あれから50年が経ったのだ。

 

チグサよ!

お前はあの頃のおれなのか?

 

(続く)

 

 

 

 

 

妄想・オケラ街道の少女 (2)ナスノチグサ。

 

https://okeraman.hatenablog.com/entry/2023/10/25/010126

からの続き

 

ここは自宅。
この少女を連れて電車で帰ったようだ。
ベッドから出た少女の姿を見ておれはホッとした。ブルー・ジーンズに長袖の白シャツ。昨夜オケラ街道で蹲っていた時と同じシンプルな格好。おれも部屋着のジャージと半袖のシャツを身に着けている。

「娘! 昨夜はすぐに眠ったのかな。何故わしと一緒の布団に入っておった?」

天地神明に誓って、おれはこんな少女に悪戯するような破廉恥な男ではない! 
そうは思っても昨夜の記憶が曖昧なのだ。
“未成年者淫行” という言葉が頭の中を駆け巡った。それに誘拐ではないのか?

「おじさんが、わたしに行くところがないなら着いて来なさいって。部屋に着いたらおじさんお酒飲んでそのまま寝ちゃったんだ。ベッドまでわたしが引きずって運んであげたの。重かったからわたしも疲れちゃって隣で眠ったの…」

「うむ! ならば、わしはお前に何も変なことはしておらんのだな?」

「ええ! そんなことしたら、酔払ってるおじさんをぶん殴って、蹴飛ばしてボコボコにしてここから逃げてたよ。おじさんすごく良い人に見えたから…」

「ワハハハ! そうか、そうか。とは言っても、いくら良い人に見えても、知らぬ男に着いて行くのは感心できん…」

「そんなことぐらい分かってるよ。でもおじさんは特別。むかしから知っているような気がしたんだ…」

(むかしから? 特別?)

時間も午前10時を過ぎていたのでゴソゴソと冷蔵庫をかき回した。おれのようないい加減な食生活を送っている男に気の利いた食材はなく少女に何を食べさせようか?と、考え込む。

「おじさん、私が作るから」

少女は冷蔵庫から卵を取り出すと、それを手際良く溶きフライパンにぶち込むとあっという間にオムレツになる。残り物ご飯にレタス、カップスープで朝ごはんの完成。その一連の動作におれは目を見張り感心するしかない。

 

 

「おじさん、普段ろくなもの食べてないんじゃないの? こんなんでいいかな…」

「う、うむ…」

美味しそうに食事する少女を見ながら、おれは頭を悩ませた。昨夜、この少女を拾ってきた。そして、この部屋で一晩を共にしたのだ。未成年者略取の罪?

「娘! まだお前の名は聞いておらんな? 見たところ、まだ15〜16の女子ではないか。こんなとこ連れて来てしまった責任がわしにはある。説教くさいことは云いたくないが、お前は何処から来た。親御さんは心配しておらんのか?このままというわけにはいかん」

「うん、そのうち話すよ。おじさんには絶対迷惑かけない…」

「そのうちと云っても、いつまでもここに置いておくわけにはいかぬ。そうでないと見知らぬ少女を連れ回す不審者と思われ、わしは役人にしょっ引かれてしまう。話してくれぬと町奉行所にお前を引き渡すしかないのだぞ…」

「それもそうだよね。わたし、、プチ家出してきただけだから、あと1〜2日したら帰るから、それまでここに置いて。誰にも言わないでほしいの。ね?」

「本当じゃな!ウソではないな? ならば数日はゆるりとしておればよい」

「ありがとう。わたしの名前はチグサ、“千草” って書くんだ。上の名前はナスノ、“那須野” って書くんだ。栃木県那須郡出身。身元を言えば信用してくれるよね?安心でしょ」

「千草(チグサ)か? 良い名じゃな」

おれは頭の中でもう一度少女の名を繰り返してみた。那須野千草、???
ナスノチグサ、、 栃木県那須郡 …。
おれは遠い日のことを思い出す。

「チグサ、お前に姉はおるのかな?」

「ええ!いるよ。なんで知ってるの?」

「まさかとは思うが、姉の名はカオリではあるまいな?」

「そうだよ! わたし言ったっけ? お姉ちゃんの名前は香織(カオリ)。とっても優しくてわたしと仲がいいんだよ」

ナスノカオリとナスノチグサ。
長い競馬歴を誇り、多くの名馬を見てきたおれであっても、この名前を姉妹のことを忘れるはずはない。特に妹であるナスノチグサという名牝には思い出がある。

1973年、府中競馬場で行われた第34回オークス。私は生まれて初めて勝馬投票券なるものを買った。とは言ってもまだ中学生である故買えるはずもなく、ウマ好きの叔父に200〜300円渡して買ってきてもらったのだ。ナスノチグサの単勝馬券。それに見事彼女は応えてくれた。大した利益ではなかったかもしれないが、馬券初体験の中学生にとっては大事件でありその二年前の桜花賞で優勝したのはチグサの姉、ナスノカオリなのだ。中学生だったおれは、この美人?姉妹のロマンにいたく感動したものだった。

昨日、中山競馬場でミラク万馬券を的中させると、その帰り道のオケラ街道でおれはこの少女を拾った。

少女の名前はナスノチグサ。

これは単なる偶然なのだろうか? 
おれはまじまじと少女の顔を見つめた。

「おじさん、何を考えてるの?」

チグサ、、 お前は現実なのか?
少女はいったい何者なのだろうか…。

(続 )

 

妄想•オケラ街道の少女

 

目覚まし代わりのラジオからパーソナリティーの騒がしい声が聴こえてきた。
朦朧とした意識の中、おれは違和感を覚えそっと目を開けた。

???  飛び起きた!

同じ布団の中に女が、否、少女がスヤスヤと眠っているからだ。
(この娘は誰なんだ?)
微かな記憶はある。おれは昨夜のことに頭を巡らす。土曜開催の中山競馬場、すっからかんになりそうな程負け続けた。
3万近くすってしまったかもしれない。ヤケクソになったおれは、最終レースで人気薄の三連単馬券を300円×5点買った。
ローリスク・ハイリターンばかり狙い金を溝に捨てるばかりのおれは馬券下手。
そんなおれにも、稀に競馬の神様が舞い降りてくることがある。5点買った中の1点が的中、何と15万馬券である。
(300円買ったから、、よ、よんじゅうごまんえん? ひえぇ〜!)
一瞬にしておれの懐は潤い大金持ち。

現実に戻る。
少女がおれをじっと見つめている。どうやら目が覚めたようだ。しばらく睨み合っていると少女はニコッと笑った。

「おい娘、お前は何奴じゃ!どうしてここにおる? 胡乱な奴め…」

(おれは、何故こんな時代劇の殿様みたいな喋り方をしているのだ?)

「ええ〜! おじさんがここに連れてきたんじゃん。覚えてないの?」

記憶が蘇ってきた。
中山競馬場で大儲けしたおれは、颯爽と胸を張ってオケラ街道を西船橋に向かって歩いていた。いつもの馬券敗残者たるおれならば、この街道は両手をズボンのポケットに突っ込み肩をすぼめトボトボ歩いているのだが、矢吹ジョーが泪橋を逆に渡ったように、おれはオケラ街道を逆に歩いている気分だった。

すると、道端にこの少女がいた。ディズニー映画の子鹿のバンビのように痩せ細り膝を抱え蹲っている。おれは面倒事は御免なのでチラッと横目で少女に目をくれてやるだけで通り過ぎた。通り過ぎながらも気になったので、振り返ると少女がおれの方をジッと見つめている。
いつものおれならば(なんだ、こいつ…)と思うだけでそのまま行ってしまうだろう。
その時のおれはウマで大儲けしたこともあり心に余裕ありフットワークも軽い。まるでポン引きのような足取りで少女が蹲っている処へ戻った。

 

 

「そこの娘、そんなところで何をしておる のじゃ。高校生か?中学生か? 悪い男に拐かわされても知らぬぞ、、」

怯えたような表情で、少女は不安そうにジッとおれを見つめている。

「安心せい!わしは町奉行ではない。おまえのような小娘がそんなところで震えておれば心配ではないか…」

肩を震わせ、こんなオケラ街道の道端で不安そうに屈み込んでいる少女。
おれはそれを見て打ち捨てられた子猫を連想した。家出少女なのだろうか?

「ワハハハ!お前はよく食うのう。若い娘はそうでなくてはいかん」

その後、おれは少女を蕎麦屋に連れて行った。聞けば昨夜から何も食べていないらしくお腹が空いているというのだ。
“焼き肉でも食うか、それとも寿司か?”
と誘うと少女は首を振り「知らないおじさんに、そんな…。でも、わたし、親子丼が食べたい!」と、安上がりのことを言うのだった。余程空腹だったのか? 少女は親子丼の他に狐うどんも注文した。
おれはそんな少女を眺めがら、盛り蕎麦を肴に日本酒を飲みほろ酔い。

少女はなぜあんなところで膝を抱え一人震えていたのか? しかし、個人的な事情を聞いても決して口を開かない。おれはしつこくプライベートなことを詮索するような野暮な男ではない。少女の好きな音楽や映画の話を聞くと目が輝いた。どうやら気を許してくれたようだ。

「お腹は一杯になったかな? 時間も遅くなっておる。親御さんも心配しておるじゃろう。早く帰るのだぞ」

店を出るとおれは少女にそう声をかけ別れようとした。これ以上こんな正体不明の女の子に関われば、どんな厄介事に巻き込まれるか分かったもんじゃない。後ろ髪を引かれる思いで手を振った。

「おじさん、今日はありがとう。また近いうちに大きな馬券が当たると思うよ」

(なぜ、この少女はおれが馬券が当たったことを知っているのか? そんなこと一言も喋ってはいないはずだ)

夜の街にトボトボと去っていく少女の後ろ姿を見送った。それを見て、おれは内奥から胸を締め付けられるような言い知れぬ感情が込み上げてきた。こんな少女を夜の街に一人放っておいていいのか?

「おい娘、待て! お前に帰る家はあるのかな。 まさか、家を飛び出して行く宛もないのではあるまいな?」

前夜の回想から再び現実に戻る。

おれは昨夜、この謎の少女をオケラ街道で拾ってきたのだ。

(続)

ゴースト・タウン

この辺りでたまに一人飲みしていた。
若い頃サーファーだったことを語りたがるマスター経営の純喫茶はなくなった。ブックオフは潰れ小さいマンションが代わりに建った。ライスカレー推しのちょっぴり怪しく暗いけど安い立ち飲み屋は貴重だったのに滅びてしまった。
ここは草加市内のある駅前商店街があった場所です。

駅前開発ですよ。

 

静寂、散り際の美…。
滅びの美学というのだろうか?

紛れ込むと神隠しに遭いそうな路地裏。つげ義春の漫画に出て来そうな怪しい人々がヌエのようにごろついている。
(こんな奴らのようにはなりたくない)
そう思っていても何故か居心地が良い。

「お兄さん、遊んでいかない?」

真っ赤な口紅を塗った得体の知れないケバい中年女に声をかけられた。
(お兄さんだって? おれはオヤジだぞ)
目を合わすと何処までも着いてくるかもしれない。面倒くさいので苦笑いを浮かべながら私はシカト素通りだ。

いかにも昭和商店街風情の八百屋さん。
あの威勢のいいおじさんはどうした?
ああいう呼び込みは天然記念物だったのに文化?の損失だと思う。
細々とだったけど、昔ながらの魚屋さんもあったのです。
客が入っているところをあまり見たことがないラーメン屋もあった。あれで20年以上もどうやって経営出来たのだ?
電信柱には「骨つぎ」の看板。

 


 
みんな、みんな、、絶滅だな。

埼玉のくせに、草加のくせに、ここはどう開発するのだろうか?
オシャレタウンは似合わないぞ。
(街の名誉もあり駅名は伏せておきます。分かる人にはわかりますね)

未来はどうなるのだろうか?

日本は衰退し朽ちてゆく未来。
「現代のスクラップ」にならねばいいのだが。否、私の肉体は滅びゴーストになっているがきっと美しく変貌するだろう。

カラス。

 

早朝。
おれは両手にゴミ袋を抱え、つっかけサンダルでスタスタと自治会のゴミ集積場所に向かう。目の先に黒い物体がピョンピョン飛び跳ねている。ゴミ溜めから覗く残飯を狙う数匹のカラスのようだ。
おれは奴らを刺激せぬよう静かに集積所に近付いた。奴らも変な人間がやってきたので警戒しつつも無関心を装っているようだ。こいつらは頭脳が高い。遠回しに横目でチラチラとおれを観察している。

おれは静かにゴミを箱に収めると蓋を閉めた。チラッとカラスに視線を送りそっとその場を離れた。その様子を見て、奴らは ”これは害のない人間みたいだ…“ と、判断しただろうね。
その場を離れたおれを余所目に、カラスどもは安心したようにゴミ箱の上に戻る。

数メートル先でおれは立ち止まった。
その場でクルッと振り返ると、おれはつっかけサンダルをパッカパッカ鳴らしながらカラスに向かって突進した。
奴らはカラスのくせに鳩が豆鉄砲喰らったような顔になり慌てて飛び去った。

あははは♪
これだからカラスは面白い。
なんて愉快でユーモア溢れ可愛い生き物なのだろうか。奴らは鳥獣保護法の対象で飼うことは出来ないが、賢くて人間にも異常に懐くと何かの本で読んだことがある。
そんな知性ある誇り高きカラスさんを私のようにからかってはならない。
頭いいぞ!  意地悪された人間の顔を覚えているらしいから仕返しされちゃうよ。

カラスに対する悪戯で苦い思い出があります。あれはカラスの繁殖期だったのでしょうね。ある通りの数本の木々が集まっている場所。道行く人々に向かって、木の上から通常より高い声で「カアカア!」と騒がしくが鳴いていた。

 


これは明らかに威嚇行動で、こういう時の奴らを刺激しては絶対にダメ。
あの時、あまりにもカラスが騒がしいので立ち止まるとおれは木を見上げた。

おれはカラスを甘く見ていたのだ。

まるで猛禽類が獲物に飛び掛かるかのように、2匹(夫婦?)のカラスが羽ばたくと背後からおれに向かって滑空してきた。おれは振り返り手荷物で応戦する。
(カラス如きに舐められてたまるか!)
奴らはすぐに退散すると思われたが、執拗に何度も何度もおれに襲いかかる。
その執念に恐怖を感じたおれはそれから逃げるように遠ざかった。それでも、巣からかなり離れても追いかけてくる。そして這々の体で逃げ押せたのだ。

おれは反省しましたね。

奴らにとって、自分らより遥かに大きな人間に威嚇攻撃するのは余程の覚悟。
それもこれも雛、つまり我が子を守るための必死の行動なのでしょう。
(そのくせ、当然ではあるがツバメの雛や卵を狙っていやがるけどね)

我が身の危険を顧みず、我が子を守ろうとするカラス。
それに比べ、児童虐待?やら我が子殺しのニュースを見る度、こいつらカラスより莫迦で価値のない親 (人間)だと思う。
カラスどころか、カマキリだって卵を守るためならカマをもたげ、人間や猫に向かってファイティングポーズを取るぞ。

昆虫以下で恥ずかしくないのか ?莫迦

カラスは賢くて可愛いよね?
黒くて怖いとか気味が悪いと嫌う人は多いけどおれは好きだ。
カラスの生態を研究してその調教によっては警察犬ならぬ警察鴉誕生の未来があるかも。尾行出来そうだもんね?

終戦記念日? 同期の桜。

 

貴様と俺とは 同期の桜
 同じ兵学校の 庭に咲く♪
咲いた花なら 散るのは覚悟
 みごと散りましょ 国のため♫

まだカラオケボックスのない時代。
当時勤めていたのは銀座線三越前近くの会社で、私は仕事帰りに同僚数人とバー(スナック?)に入り歌いまくっていた。まだ20代半ばだった。

なぜか私は『同期の桜』を歌う。
すると、奥の席の方で愉快に飲んでいた年配者(50代?)グループがこちらに顔を向け睨んでいる。
彼らは年増のママに険しい顔で何やら訴えている様子。
そして、不愉快そうに帰っていった。

???

「お客さん、あの方たちは戦時中苦労されたそうで、、、」

ママは困惑顔でそう言った。

同期の桜を歌うのは何も問題ない。
但し、普通に唄えばだ。

20代半ばといえば一番元気の良い頃で何も考えず勢いのまま。
私はネクタイを外し、それを頭に巻きハチマキ状にしてポップス風に歌っていた。まるで沢田研二の “勝手にしやがれ” を歌うように軍歌を...。

そんな歌い方すれば不愉快に感じる人がいるのは当然。
あの年配者たちから見れば (戦争を知らないガキが調子に乗るな!)と思われても仕方ない。でも、当時はそんな想像力はなかった。

このエピソードは私を知る人には何度も話し、SNS上でも何度か呟いた記憶があるので、またその話かよ?と、うんざりされるかもしれませんね?
でも、なぜかよく思い出すのです。

 


明日は八月十五日。
日本では終戦記念日とされています。

1945年。
私は1958年生まれなので、そのたった13年前ということになる。
なのに、つい最近まで日本も戦争をしていたと意識させるものはなかった。
終戦の年、父は16~7才? 母は11~2才ということになる。

父が言うには特攻隊を志願したかったが戦争は終わってしまったと言う。
母は新潟の方に疎開していたらしい。しかし、それ以上のことはあまり聞いた記憶がない。
祖母も関東大震災の恐怖はしつこいぐらい語ってくれたのだが、戦争についてはあまり話してくれた記憶がない。
私にしてもあまり興味がなく聞こうともしなかったと思う。

何故なのだろうか?
子ども心にも聞いてはいけないこと?と感じていたのかもしれませんね。


もっと色々聞いておけば良かったと私は後悔しています。戦争体験は本や語り部等から知るよりも、身内の体験談として直接聞いた方がその生々しさは全然違うと思うのです。


“特攻隊を志願したかったのに...”

普段は無口な父が、酔うとそんなことをたまに言った。

本当だろうか?
そんなバカなことがあるもんか!
あれは単なる武勇伝を語りたがる見栄っ張りなオヤジの戯言に違いない。

そこで冒頭の『同期の桜』である。

戦争については本で多少知識を得た程度で不勉強の私が迂闊なことは言えませんがあの歌詞には不快感しかありません。あの歌に込める当時の若者の気持ちは想像するしかありません。


みごと散りましょ 国のため♫

???

これは単純な意味ではなくその歌詞に込める心情はそれぞれ?

それは分かります。

でも、国のため、みごとに散る?


ふざけちゃいけない!!!


単純スポ根少年だった私のようなバカならば、それを美化して軍国少年になっていったこと確実。
そして?ゼロ戦に乗って敵艦に撃ち落とされ「○○○○バンザーイ!」と叫んで海の藻屑と消えるのだぞ。

彼らは海に散ることを誇りに思っていたのか?  否、平将門のように怨霊となって戦争を起こしたやつに復讐したいほど悔しいに決まっている。そんな彼らを「国の犠牲になった英霊」なんて美化すると呪われるぞ莫迦


『戦争は、その経験なき人々には甘美である』

そんな言葉がありますが、近頃そんな雰囲気を感じますね。

同調圧力はダメデスヨ。ホント。