オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

放浪者。寅次郎と紋次郎

木枯し紋次郎。上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれたという。十歳の時に故郷を捨て、その後一家は離散したと伝えられ.. ”


“ 私、生まれも育ちも 葛飾柴又です。帝釈天でうぶ湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します ”


ご存知。
日本が誇る二大放浪者、車寅次郎と木枯し紋次郎
この二人、まっとうな定職に就かず(紋次郎にはやむを得ない事情あり)、無宿渡世の、言葉は悪いがヤクザ稼業。同じ渡世人でありながら、その性格は対照的であります。

人間不信で徹底したニヒリスト、感情を顕にすることなく、ニコリとも微笑まない紋次郎。
対する寅次郎は、感情剥き出しで、あちこちで他者と関わり騒動を巻き起こしては恋もする。

陰の紋次郎に対し、陽の寅次郎。

しかし、一番の違いは、その気質ではなく背景であると思う。
寅次郎には葛飾柴又に待っている身内がいる。血の繋がるかわいい妹がいる。紋次郎は十歳で一家離散、国を捨て天涯孤独の身。
帰る場所がある寅次郎に、帰る場所がない紋次郎。
二人の性格の違いは、そこからくるのではないか? と、想像できます。

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《ところが、この木枯し紋次郎と、フーテンの寅こと車寅次郎は、よく観察すると似ているのだ... 》


車寅次郎。
帝釈天参道の団子屋の軒先に捨てられていたという。
道楽者の父・平造と、お菊という名の芸者の間にできたのが寅次郎。つまり、妾の子であり、妹・さくらとは腹違いの兄妹なのである。
寅次郎の底抜けに明るい性格の影に、どことなく遠慮がちで孤独な面が垣間見られるのは、そんな生い立ちが影響しているのかもしれません。

紋次郎。
人呼んで “木枯し紋次郎” であるので、本名は知らない。
上州新田郡三日月村出身。貧しい農家に生まれ落ちるや間引きされる運命にあった。そんな赤子の紋次郎を間引きから救ってくれたのが姉・お光であった。明日への目的を持たず、ひたすら姉の面影を探し求めるのが紋次郎の旅であったかもしれませんね。

捨て子と間引き損ない。

そういえば、昔(幼少期)、親の言いつけを守らないと「お前なんか、〇〇で拾ってきた子なんだからね!」なんて、叱られた経験のある人は多いと思う。私の場合は荒川でした(笑)。
それから、遊んで遅くまで帰らないと「早く帰らないと、サーカスにさらわれるよ!」なんてね。

紋次郎も寅次郎も、そんな人身売買を連想させるような、暗く、薄幸な幼少期を送ってきたのかと思うと、あの特殊な性格になったのも頷けます。

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寅次郎にとっての、妹・さくら
紋次郎にとっての、姉・お光

結局、信じられるものは血の繋がった兄妹だけなのかもしれません。

まぁ、寅次郎の場合は紋次郎に較べ、とらやの面々や御前様、弟分の源ちゃん等々、多くの人情に触れ、帰る場所もありずっと恵まれているのでしょう。
紋次郎も「あっしには関わりのないことござんす」と言いながらも、浮世の義理もあり、弱いもの、悲しいものへ関わってしまう。



愛情に恵まれない幼少期。
内にも外にも居場所がない。
行く先々の旅先で人助けをしては去ってゆく。また、定住出来ない放浪者の悲しみ。

どうでしょうか?
寅次郎と紋次郎は似ているのです。



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ここで。
私はもう一人の放浪者を思い出す。

放浪の紳士。

チャーリー・チャップリン

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寅次郎と紋次郎の後ろ姿。
まさしくチャップリンなのである。