オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

大宮の夜は更ける。カニクリームコロッケの誘惑

20代後半の初夏だったと記憶します。


恐る恐る、、私はその酒場?のドアを開けると、そっと中を覗いた。
ドア鐘がカランコロンと鳴る。


「いらっしゃいませェ~~!」

そこには青江三奈がいた。


私はほろ酔い状態だった。
出生地である大宮で、一日の外回り仕事を終え焼き鳥屋で軽く一杯やった。
大宮にはめったに来ることはなく、なつかしさのあまり、ほろ酔い気分で氷川神社参道をぶらぶら散歩していた時のことだ。

ん!... 
カニクリームコロッケ
私はメニュー看板に書いてあるカニクリームコロッケに誘われ、その店を覗いたのだ。

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「いらっしゃいませ! こちらへ、どーぞ、どーぞ...」

ドア口で戸惑っている私なんぞお構いなしに、青江三奈は店内のカウンター席を勝手に案内した。
ガラーンとしており、客は誰一人いない。ちょっと気が引ける。



大宮氷川神社参道から脇道に逸れた場所にあるその店は、外見からは和風料理屋のようであり、普通のレストラン風でもあった。
中に通されたそこは、カウンターだけの狭いスナックのようでもある。
私は、ただ、カニクリームコロッケに誘われただけで、推しの強そうな青江三奈に席を案内されてしまったのだ。

“ 覗いた瞬間、目が合っちゃったんだからしようがない。断れないよな... ”

青江三奈はお通しを通すと、メニューを差し出してきた。

「あの、、生ビール下さい」
「はい、生ね?」
「それから、カニクリームコロッケって、外の看板に...」
「はい、カニクリームコロッケありますよ!」

青江三奈はニッコリ微笑むと、裏の厨房のおじさんに注文を伝える。

しかし...
化粧の濃い ケバいママだな。
目が合った瞬間、青江三奈かと思った。似ている、、そっくりだ!
明らかな付けまつ毛は、瞬きする度にパタパタしているようで、妙に艶めかしい(笑)。BGMに伊勢佐木町ブルースが聞こえてきてもおかしくない。


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「お客さん、今日はお仕事の帰りですか? 初めてですよね...」

「ええ、まぁ、、」

居心地が悪い。
青江三奈も、若い一見客にどう接していいのか?と、距離感をはかっているように感じる。何かと会話の糸口を探っているようなのだが、私からすれば “構わないで向こうに行ってくれ”
という心境なのだ。帰るタイミングを見計らっているのだから。

ここは普通の料理屋というより、和風スナックの類なのだろう。
カラオケもあるようだし、青江三奈のように派手なママの姿を見れば、どう考えても素人ではない。
駅からちょっと離れたこの手の店は、地元(近所)の常連で持っているような店と推測出来る。
私のような背広にネクタイ姿の若い飛び込み客は珍しいはずだ。
コロッケだけ食べそそくさと帰るのも、まるで逃げるようで、青江三奈も気分を害するのではないか?との気使いから、ビールの追加と、他にもう一品頼んだかもしれない。

「この辺りで生まれたんですよ。産業道路沿いに家があって、5才ぐらいまで住んでたんですよね...」

青江三奈との会話はぎごちないながらも、そんなようなことをぼつぼつと語ったような気がする。

小一時間ほどして時計を見ると、どうやら夜8時を過ぎているようだ。
話もあまり弾まず「お客さん、若いのに無口で真面目なのね...」なんて笑われる始末。私は初対面の派手な中年女との会話に気疲れを感じていた。
“ もうそろそろいいだろう...”
お勘定しようと腕時計に目をやった瞬間だった。


背後のドア鐘がカランコロンと鳴ると、牧伸二が入ってきた。


上下黒のジャージ姿。首にタオル(というより手拭い)を巻いており、汗をフキフキ、突っかけサンダルでパカパカと音をたてながら入ってきた。
その異様な姿にたじろいでいる私を横目に、一瞬、怪訝な顔をしながらも、牧伸二はカウンターの隅に座った。


やはり、ここは近所の常連で保たれている店なんだな。
じゃなきゃ、ジャージで来るか? しかも首にタオル、突っかけサンダルだぞ。まるで近所のタバコ屋に来たついでに寄ったような出で立ち。心の中で苦笑しながら、私はそろそろお勘定しようと財布の中身を確認した。

「今日は暑かったな! ママ、生ビールと枝豆ね」

牧伸二は声がでかい。
そして、青江三奈牧伸二は大声でバカっぱなしを始めた。
私は帰りたいのだが、二人のバカ話が止まらずお会計するタイミングが見つからない。場違い感がすごい。

カニクリームコロッケに誘われただけなのに...。

時間は9時になろうとしていた。
意を決して「お勘定お願いします」と、言おうとした時だった。
青江三奈牧伸二に耳打ち? 牧伸二がこちらに顔を向けると「どうも!」という感じで頭を下げてきた。
私もそれに釣られ頭を下げた。不覚にも愛想笑いを浮べてしまう。

「ママ、こちらのお客さんに生ビール追加してやってよ! あ、お兄さん、ここのオムレツ美味しいよ。ママ、例のオムレツもね」

「あ、いや、、、」

面倒くせぇ~! 牧伸二さんよ、馴れ馴れしいんだよ。

私は牧伸二の好意を断ろうとした。
すると、青江三奈は「あいよ!」なんて言いながら、牧伸二の伝票にチェックを入れ、厨房にオムレツの注文を通し生ビールを持ってきた。

迷惑なのに、迷惑なのに、、私はまたまた愛想笑いを浮べ「どうも、ご馳走になります...」と、内心を隠し牧伸二に向かって頭を下げた。
どこまでも人の好いおれ。

青江三奈に似たケバいママ。
牧伸二に似た、突っかけサンダルの馴れ馴れしいおやじ。

あんたら、おれの殻の中に無遠慮に踏み込むんじゃないよ。

面倒くせぇなぁ~~
早く帰りたいんですけど...。


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大宮の夜は更けてゆく。

それでも、まだ終わらない。

これから大変なことになってゆく。

次回(後半)に続きます。