オケラ街道の奇人

令和という斜面に踏み止まって生きる奇人。自称抒情派馬券師、オケラ街道に潜む。

蒸発。

昨日は七夕だったので関連?した遠い日の記憶を書きたいと思います。


キューポラのある街(川口市)に越して来たのは物心が付いてきた頃か?
父が働いていた鋳物工場(伯父経営)構内にある空き家に住むためです。
小さな工場で、従業員は伯父と父以外は常時5~6人程度だったと記憶。

Yさんは野球好きでジャイアンツの堀内恒夫投手の大ファン。
これまた、野球大好き少年だった幼少期の私をかわいがってくれ、昼休みや仕事を終えると裏の空き地でよくキャッチボールの相手をしてくれた。そんなYさんに私も懐いていた。


Yさんが蒸発した。


急に仕事を無断で休み近くに住んでいる独り暮らしのアパートも蛻の殻。
当時の私には “蒸発” の意味が分からず
「Y君が消えた、アパートに行っても荷物を置いたまま誰もいない...」なんて聞くと、部屋で一人液体が気化するように消えるYさんを想像し、ちょっとゾッとしたのを憶えています。

Yさんは父が知人の紹介か何かで連れてきたらしく「今時の若いやつは辛抱が足らない...」等と言って嘆いていたような?  鋳物工場での作業は重労働で定着する人は少ない。

しかし、事態はそれだけに留まらず。
数日後事務員のKさんも消えた。

Kさんは工場の事務を担当するベテラン従業員で、やさしく笑顔を絶やさない明るい女性。小学生だった私の頭を撫でてくれたのを憶えている。
多分、父と同年代ぐらいに見えたので40近かったのだろうか?
現代からすれば40なんてまだまだ若くおネエさんの部類だろうが? 当時の私の目には完全なオバさんと映った。

そんなKさんとYさんが同じタイミングで消えた。それが意味するものは?

 


「あの野郎! 見つけたらただじゃおかねえ! 恩を仇で返しやがって...」

伯父も父も激怒していた。

私はまだ10才ぐらいでませたガキでもなかったので、大人の色恋沙汰は何も分からないし興味もなかった。

そんな子ども心に感じたことは。

“ 気持ち悪いな...”

私の目にはKさんはかなりのオバさんに見え、Yさんは多分20そこそこだったと思う。ふたりは親子ほども年の差があるように感じたからだ。

そんなふたりがなぜ?

それを “気持ち悪い” と感じるのは偏見でそれは差別に繋がるのでしょうが、少年期に感じた正直な気持ちでした。昭和という時代は偏見が多く、そんな大人に子どもは影響されてしまう。


男と女の間には 
 深くて暗い河がある ♪
誰も渡れぬ 河なれど
  エンヤコラ今夜も 舟を出す 
Row&Row Row&Row ♫
 振り返るな Row-row
      (黒の舟唄より)


聞くところによると複雑な家庭に育ったというYさんだが、まだ二十歳過ぎで前途洋々の若者。
Kさんは離婚歴はあるようだが穏やかでやさしい中年女性だった。
若い男と中年に差し掛かった女が手を取り合って蒸発した?
ふたりは心に何か悲しみを抱えていたのだろうか? 別に不倫というわけでもないのに、なぜ黙って逃げるように消えたのだろうか? 逃げなくてはならない理由があったのだろうか?
現代の観点からならば、同性婚でさえ議論されるのに、、そこで考えられるのは昭和という闇ですね。

きっと、少年には窺い知れない世界があったのだと想像出来る。


まだふたりとも工場にいた頃、KさんとYさんが、昼休み等の休憩時間に仲良く話している姿を度々見かけた。
従業員同士、別に気にもしていなかったが、私に見られていることを気にしている素振りを感じたことがあった。
私はなぜか見てはならないものを見てしまったような気持ちになった。
あの空気、、何だったのか?

その時のKさんが私に向けた視線。
紙のように白い顔で怖かった。

これは後付の記憶かもしれない...。